ジェイソン・マスク(頚椎腫瘍 22)
上野のオババのことを書き始めたらきりがない。こんなに看護師さんや先生の言うことを聞かない人がいるものか。
首の手術を受けた人は、カラーをはめなければ起き上がってもいけないし、寝ていて首を動かしてもいけない。
私は最初に看護師さんから注意されて以来、それを固く守っていた。
首を動かしてワイヤーがはずれたり、それによってつないだ骨がずれたりしたら大変だ。
N先生が何度もレントゲンを撮るほど神経質になっているのも伝わってきたし、自分でも首には常に神経を使っていた。
ところが、上野のオババはカラーをはめていないくせに、ベッドの上で動き回っている。
まさか起き上がってはいないだろうが(いや、少しぐらい首を起こしたかも)、寝たまま動く音が聞こえてきた。
「上野さん、なにしているの?」
私がたずねると、
「ちょっとね、タオルがどこかに行っちゃったから」
などと答えるが、看護師さんを呼んで取ってもらえばいいのに、体を曲げて自分で取ってしまうらしい。
ときどき看護師さんが見に来ては、
「上野さん、自分でやらないで呼んでね」
と言っているところをみると、他にも何かしたようだった。
夜中に1人で着替えをしたこともあった。首を動かさずにはできっこないのに。
優しくてみんなに人気のある看護師のSさんでさえ、
「上野さん、いけないって言われていることをしたの、見ましたからね。今度やったら承知しませんよ」
と、珍しく厳しい口調で注意していた。
「起きるならカラーをはめるから」
看護師さんにそう言われると、上野のオババは断固として拒否。
1度看護師さんにはめてもらったら痛かったから、もうはめたくないと言う。
そのくせ、看護師さんがいなくなると、自分ではめようとする。
「上野さん、まだ1人でカラーはめないでね。はめるなら呼んで」
と言われても、無視して自分ではめようとする。
怒った看護師さんが上野のオババのカラーを取り上げて、手の届かない床頭台の上に乗せた。
「もうはめないからカラー取って、こっちにちょうだい」
「はめないなら、いらないでしょう?」
「持っていたいんだから、取ってください!」
「じゃあ、取ってあげるけど、自分ではめちゃだめだからね」
上野のオババは首の前後を切っているので、カラーも私のより頑丈で、首の前の部分は管を通せるように穴がふたつ開いている。
それを首ではなく顔にかぶって、ふたつの穴から目を出していた。
茅ヶ崎夫人や私の肌色のカラーと違って真っ白なので、まるで「13日の金曜日」のジェイソンだ。
私が「ジェイソン・マスク」と名付けたら、上野のオババはすっかり気に入ってしまったらしく、寝ている間はたいていこれをかぶっていた。
上野のオババはわがままだが、どこかしら愉快なところもあった。
ただ、あまりにも看護師さんの言うことを聞かないので、隣りで話を聞いていると苛々した。
余計なお世話だとは思うが、つい看護師さんの肩を持って口を出し、それで上野のオババと言い合いになったりもした。
一方、血中酸素が規定値になって戻ってきた茅ヶ崎夫人は、手術前からのいざこざで上野のオババを快く思っていない。
夜中に上野のオババが看護師さんを呼んで、車椅子でトイレに連れていってもらうときに、ベッドとベッドの間が狭いから、車椅子が茅ヶ崎夫人のベッドに当たることもあった。
その衝撃で目が覚めてしまうと、茅ヶ崎夫人は文句を言った。
上野のオババが悪いわけではないのだが、茅ヶ崎夫人は、さも上野のオババの責任であるかのように言っていた。
そして、ついに2人は決裂し、上野のオババが個室に移ることになった。
茅ヶ崎夫人と上野のオババの喧嘩は、三崎口夫人と私がリハビリ室に行っている間に起きた。
私がその場に居合わせなくて幸いだった。いれば巻き込まれて、言わずもがなのことを言ってしまっただろうから。
リハビリから戻ってくると、上野のオババが既に荷物をまとめて、看護師さんに運び出してもらうところだった。
私はリハビリで疲れたのでベッドに横になった。
顔は見えないが、荷物の引っ越しに来ている看護師のTさん(私のパジャマのパンツを脱がせたTさんではなく、明るくて威勢のいい美人のTさん)に、上野のオババは威張った調子でものを言っていた。
「それは汚れ物が入っている袋だから、他のと一緒にしないで」
そう言われてTさんが袋を下に置いたのだろう。今度は、
「袋は下に置かないで」
と指図する。
「じゃあ、上野さん持っていて」
Tさんが下に置くなと言われた袋を、車椅子に座っている上野のオババの膝に乗せたらしい。
上野のオババがむっと押し黙る気配がした。
やがて、Tさんが荷物を持って行ってしまったらしく、物音も話し声も途絶えた。
私はてっきり上野のオババも連れて行かれたのだと思い、
「あれじゃあね。看護婦さんだって頭に来るわよ」
と、口に出して言った。
ところが、上野のオババはまだそこにいたのだった。
「アンヌさん、別れるときに石をぶつけるようなことを言うもんじゃないわよ」
まずい! もう行ってしまったと思ったのに。
その後、あんなに首を動かしていた上野のオババも順調に(かどうかは怪しいものだが)回復し、にこやかに歩行器で廊下を歩いているのを見かけた。
私が退院するときには、わざわざ病室に来て、
「あなたはそんな気はないかもしれないけれど」
と、自分の住所と電話番号を書いた手帳の切れ端を、私の手に押し付けていった。
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