仰向けに寝たまま食べるには(頚椎腫瘍 9)
入院患者は腰や首の手術をする人が圧倒的に多く、首の人は首を曲げたり頭を起こしたりしてはいけないので、まだ起き上がれないうちは仰向けに寝たまま食事をする。
テーブル(ベッドの上にスライドできる細長いの)には鏡が取り付けてあり、上に乗せたお膳を映して見ながら食べる。
鏡には前後が逆に映るので、食べようと思うものとは違うものをとってしまったり、スプーンですくっても口に運ぶ間にこぼれてしまったり、慣れるまでには時間がかかる。
汁物やお茶はビニールチューブを使って飲む。これはストローぐらいの太さの柔らかい管を長めに切ったもの。
1度、スプーンではこぼれてしまうゆるいお粥をこれで飲もうとしたら、ものすごく強く吸い込まないと管の途中で止まってしまい、口まで入ってこないことがわかった。これは疲れるのでやめた。
この頃の九段坂病院は坂の下に移る前の古い建物で、旧式のセントラルヒーティングのせいか、空気が乾燥していてやたら喉が乾いた。
水はストロー付きの吸い飲みに入れておくのだが、手術前に買い込んだペットボトルの水を、看護師さんに頼んで吸い飲みに移してもらわなくてはならなかった。そのためもあって、私は頻繁にナースコールしていた。
この吸い飲みはプラスチックのコップにポリエチレンのフタがついているもので、フタには小さな穴を開けてストローを通してある。水を入れて逆さにしてもこぼれないので、顔を横に向けずに上を向いて寝たままでも飲める。
虎の門病院にも持っていって、術後に水やジュースを飲むのに重宝した。
こんな風に、首を動かせない人のためにいろいろな工夫がされているわけだが、中でも感心したのが廃物利用の「ぶくぶく用」容器だった。
これは手ごろな大きさの使用済みペットボトルで、フタにストローの通る穴をあけたもの。
上記の吸い飲みと同じ原理だが、中を空にしておいて、口をすすいだ水をストローでボトルの中に吐き入れる。
倒してもこぼれないし、床頭台に置いて自分で取って使えるし、とても便利だった。
術後の食事はすべて流動食で、三分粥に、はっきりしない味の離乳食のようなものだった。
1度とろろ芋が出たが、これはしっかり味が付いていておいしかった。それ以外は、作ってくれた人には悪いが、薄味好きの私でも味付けが薄過ぎて食べられなかった。
そもそも熱が出た後で口がまずくて食べられない上、薄茶や灰色のドロドロしたものばかりで見た目も食欲をそそらない。
お粥はスプーンで口に運ぶ前に半分以上胸の上にこぼしてしまうし、体力がないからふた口ほど食べただけで疲れてしまう。
看護師さんに、「食べないと点滴がはずれないから食べてね」と言われ続けていたが、毎食ほとんど残していた。
見かねたN先生が、「なんでも好きなもの買って食べて」と言い出した。
あ、そう? じゃあねぇ……浮き浮きと売店の陳列棚を思い浮かべ、看護師さんを呼んで、
「ひと口サンドイッチと、グリコのカフェ・オ・レね」
と頼んだ。
ここの売店は注文したものを病室まで届けてくれる。
歩行器で歩けるようになってからも、重たいペットボトルや瓶入りの飲み物を頻繁に届けてもらった。
注文したサンドイッチとカフェ・オ・レは思ったほどおいしく感じず、パンは飲み込むのが大変で、コーヒーの苦味は舌に不愉快だった。
それでも半分は食べられたので、流動食よりは良かった。