同室のメンバー(脳腫瘍 15)
整形外科病棟だった前回の入院とは異なり、今回は脳外科病棟で、同室のメンバーは深刻な病気を抱えている人たちだった。
KさんとFさんは、ガン病棟が満員なので脳外科病棟に回されたようだった。
Kさんはいつも頭にバンダナをかぶっていたが、私は鈍感なので、Kさんの好みのファッションなのだろうぐらいに思っていた。
薬の副作用で髪の毛が抜けてしまったのだと分かったのは、別の病棟から入院友達が来て、かつらのことをいろいろ質問しているのを耳にしたときだった。
「ああ、そうだったのか」
知識がなかったわけではないが、バンダナを見てもそんなことには思い至らなかった。
髪が抜けるというのはさぞショックだろう。自分だったらどんな気がするかと想像するだけで、Kさんに髪のことは聞けなかった。
Kさんは、私が手術した週の木曜日に退院した。かつらをかぶって、きれいにお化粧して、見違えるようになって帰っていった。
Kさんが退院した翌日、Fさんも退院していった。
Fさんは抗がん剤の副作用で気持ち悪くなり、食欲がなくて食事を食べられないことが多かった。
入院してからやせてしまい、たった2週間でげっそり頬がこけた。
退院して1カ月たち、ようやく少し体重が増えたと思うとまた入院してやせる。
その繰り返しだそうだが、今回が5回目でとりあえず最後の入院だという。
とりあえず、というのは完治したわけではないからだ。
抗がん剤の点滴は針が太くて痛いので、針を射すところに麻酔薬を塗るが、毎日薬を塗っていると腕がかぶれてくる。
辛い治療だ。軽々しく、「切らずに済んでいいわね」などと言えない。
私の向いのベッドには数日だけ若い女の人が入っていたが、その人が退院した後にMさんが入ってきた。70になるとか、なったとか言っていたが、とても若々しくて可愛い人だ。
入院した日に若い女性が3人来ていたのを、私は3人とも娘さんだと思っていたら、2人は孫娘だというので驚いた。
Mさんは脳動脈に小さな瘤ができている。
瘤が大きくなって破裂するのを防ぐために、瘤の中にコイルを詰めるそうだ。
鼠蹊部からカテーテルを入れて、プラチナのコイルを通すのだという。
私の病気の話を聞くと、
「あなたは強運の持ち主なのよ」
と言う。
「続けてそんな大きな手術をして、それが2つとも成功したんですもの」
きらきらと目を輝かせて、Mさんは微笑んだ。
Mさん自身は、信頼している主治医が4月に別の病院に異動になるので、その前に手術してもらいたいと思っている。
「先生が手術する日は月曜日だけなの。14日にやってもらえないと、21日は旗日で休みでしょ。あとは28日しかないの。だから、どうしても14日に手術してもらいたいのよ。検査がすんなり行けばいいんだけど」
Mさんは気を揉んでいる。
退院したKさんのベッドには別の病室からSさんが移ってきた。
Sさんは60代だろうか。ある日突然目が見えなくなり、その原因もわからないのだという。
医療設備の整った大きな眼科に入院して調べたがわからず、虎の門病院に転院して検査を受けているが、未だに見えなくなった原因ははっきりしない。
朝起きて、なんだか辺りが暗いと思ったら、その日のうちにまったく目が見えなくなる。
しかも、見えなくなった原因がわからず、原因がわからないから治療のしようもない。
一体、いつまでこの状態が続くのか。一時的なものなのか、もう一生見ることができないのか。
Sさんの胸中を思うと、気の毒でならない。
どんなに恐ろしく、不安なことか。
それに加えて、日常生活の一切を他人に頼らずにはできない不便さもある。
生まれたときから目が見えないとか、若いときから少しずつ見えなくなってきたなら、見えない状態に順応する時間があっただろう。
ところが、つい最近、短時間のうちにまったく見えなくなったのだから、手探りで何かするにも勘が働かない。
定年退職しているご主人が、ほとんど毎日Sさんの世話をしに通ってきている。
トイレやお風呂にも連れていく。
「6歩歩いたらドアだよ。そこから左に15歩行って、右側がトイレ」
と、一緒に歩きながら歩数を数えて確認している。
食事のときは、お盆に並んだ器の中身を教えている。
「手前の右が炒り卵。人参とグリンピースが付いているよ。左がカリフラワー。奥がパン。真ん中にお茶、牛乳。それから、グレープフルーツがあるよ」
といった具合に。
カーテンを引いているので見えないが、声を聞いているととても優しい。
Sさんも穏やかに受け答えしており、聞いているだけで心が和む。
と同時に、このご夫婦がどうしてこんな悲劇に遭わなければならないのか、運命は理不尽だと思う。
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