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私って、奇跡の人?(退院後 4)
2007年10月12日、九段坂病院の定期検査。
首のレントゲンは異常なし。
中井先生に「目の方は?」と聞かれたので、春にここに来てからまだ脳外科には行っていないことを伝えた。
「先生、私ね、腫瘍が消えてなくなると思っているの。念力で」
「なくならないよ」
「だんだん柔らかくなって、そのうち溶けるんじゃないかと思うの」
「柔らかくなることはあるよ」
中が空洞になるらしい。
「そうしたら、縮んで小さくなるでしょう?」
「進行しなくなることはあるけど、消えてなくなったりはしない」
「脊髄の空洞が消えたんだから、何が起こるかわからない。腫瘍が消えるかもしれないでしょう?」
「消えたら、学会で報告するよ」
2010年5月18日、虎の門病院の脳外科部長で私の主治医である臼井先生から、この5月末に退職することになったと聞いた。
2年前に定年を迎えて以来、受診するたびに今年も延長したとか、来年3月まではいるなどと言われていたが、この年はいよいよ最後という話だった。(実際には翌2011年の6月まで残っていらした)
1月に受診したとき、小脳の腫瘍の取り残しについてガンマーナイフを勧められた。
小脳にできていた腫瘍を取り出すとき、静脈にくっついていたところは触れないので、少しだけ残っている。それが大きくなる前に放射線で固めてしまった方がいい、と。
ガンマーナイフは照射中頭が動かないように固定するため、頭蓋骨に穴を開けて器具を取り付ける。
もちろん麻酔をするのだが、あまりの痛さに泣いてしまったという経験者の話を聞いたことがある。
それ以来気が進まなかった。
この日は前の週に撮ったMRIの結果を聞きに行った。
臼井先生の最後の診察(だと思っていた)。
「どう? 変わりない? 何か自覚症状ない?」
「何もないです」
臼井先生はいつものようにPCのモニターにMRIの画像を出し、マウスで脳の断面を上下左右にスライドさせてチェックした。
それから、前に撮ったMRIの画像を取り出して、左小脳の取り残しの部分を並べた。
2枚の画像に写っている白い影は、大きさもかすれ具合もそっくりで、違いが分からない。
「前と変わらないな」
「大きくなっていない?」
「大きくなっていない」
「じゃあ、放っておいてもいいですか?」
「これなら大丈夫だろう」
ああ、よかった!
ただし、MRIは毎年撮ったほうがいい。大丈夫と思って10年ぐらい撮らないでいたら、いつの間にか大きくなっていたという人もいる、と。
そう、良性の腫瘍は成長が遅いのだが、あるところまでくると加速度的に大きくなる。腕の腫瘍がそうだった。
ところで、右目の奥の腫瘍はどうなっているだろう?
去年はどうなっているか聞くのが怖くて聞かずに帰った。
臼井先生も小脳の取り残しのことが気になっていたのか、右目の奥の腫瘍のことには触れなかった。
今日は最後だから聞いておかなくちゃ。
「先生、右目の奥の腫瘍は?」
臼井先生はもう1度マウスで脳の断面を移動した。上へ……下へ……もう1度上へ……もう1度下へ。
右目の奥にあった、ビー玉のように丸くて白い影が、ない。
「なくなってる?」
「なくなってるねぇ」
臼井先生は驚いた様子もなく、淡々と言った。
もしかしたら、前回(2009年)の検査結果で、腫瘍がなくなっていることに気付いていたのかもしれない。
いつも、「どう、右目は? かすんだり、ものが見えにくくなっていない?」と聞かれるのに、前回は聞かれなかった。
「消えてなくなるなんて、そんなことあるんですか?」
「いやぁ、そんなことはないけどねぇ」
「脳腫瘍の中身は何なんですか? 首や腕の腫瘍は中が繊維質だったんですけど、脳腫瘍は?」
「さあ、なんだかわからない」
嘘か本当か臼井先生は笑っていた。
「もし繊維質だとしたら、消えてなくなったりしないでしょう?」
「なくなったりしないねぇ」
しかし、画像を見る限り、腫瘍は消えてなくなっていた。これはどうしたことか。
臼井先生によれば、腫瘍ではなく炎症だったら時間が経てば消えるとのこと。
でも、5年前の画像には、右目の奥にはっきり、白くて丸い影が写っていた。
くっきりと丸くて、素人目にも炎症のようには見えなかった。
長年この仕事をして腫瘍の写真もたくさん見ているはずの、大ベテランの臼井先生が、腫瘍と炎症を見間違えたりするだろうか?
先生には「眼窩のは間違えやすい」と言われたが。
2006年8月にMRIの写真を借り出して、関東病院の放射線科の赤羽先生に見てもらったが、赤羽先生もそれが腫瘍であることを疑わなかった。
開頭手術の影響でできた炎症が、術後1年以上も残っているだろうか?
その後も毎年MRIは撮っていて、毎年右目の奥に腫瘍が写っていた(と思う)。
少なくとも2008年までは写っていたはずだ。
毎回、臼井先生に目が見えにくくなっていないか聞かれたから。
そんなに何年も、炎症が消えずに残っているものだろうか?
それに、小脳の腫瘍を取る手術の影響で、右目の奥という離れたところに炎症が起きたりするものだろうか?
この日(5/18)も脳外科の診察の後、いつものように眼科を予約してあったので、眼底検査を受けた。(これも異常なし)
眼科の先生にも、できていた腫瘍がなくなっていたことを話した。
「もしかしたら、断面をカットする場所が腫瘍のないところだったのかもしれませんけど」
「CTならそうでしょうけど、MRIですからね。そういう話は聞いたことがないなぁ」
と、眼科の先生も首をかしげていた。
虎の門病院の次は九段坂病院の整形外科へ。
中井先生に脳のMRIの結果を報告し、右目の奥の腫瘍が消えてなくなっていたことを話すと、先生も驚いていた。というより、半信半疑といったところ。
「別の人の写真を見ていたんじゃないの?」
「だって、小脳の腫瘍はあるんですもの」
「あ、そうか」
小脳の腫瘍の影(形)は前の写真と同じなのだから、別人の写真と間違えているはずはない。
それにしても不思議なことだ。
腫瘍が消えてなくなるなんてことがあり得るだろうか?
「あり得ない」と、中井先生。
だったら、これは奇跡じゃないか。
「奇跡?」
「私、奇跡が起きる人なんですよ。前にも脊髄に空洞ができたのに、なくなったことがあるでしょ。あれも奇跡的だったし」
「ああ、そうだった。奇跡か。奇跡の人」
冗談とも本気ともつかない言い方だが、中井先生が奇跡など信じていないのはわかっている。
実は、私自身まだ半信半疑なのだ。
来年またMRIを撮ってみて、右目の奥に本当に腫瘍がないかどうか確認するまでは……
そして翌2011年。
検査の結果、やはり右目の奥に腫瘍はなかった。