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どうやって患者をひっくり返すのか?(頚椎腫瘍 19)

 主治医の回診でN先生が看護師のTさんを伴って来たとき、私はベッドに仰向けに寝ていた。
 枕元に立った先生がまだ何も言わないうちに、後からついてきたTさんがいきなり毛布をはいだ。
「お尻の傷も見ます」
 そう言うや否や、Tさんはパジャマのパンツを一気に膝まで引き降ろした。
「キャ~、何すんのよ!」
 お尻の傷を見るなら、横を向かせてパンツの後ろをほんのちょっとめくれば済むのに、なんでパジャマを脱がせなくちゃならないの? しかも、ベッドの周りにカーテンも引かないで。
 先生や看護師さんには必要ならお尻でもお腹でも見せるわけだし、そういうときは恥ずかしいなどと言っていられないが、必要ないときに脱がすのはやめてもらいたい。

 もっとも、先生に関して言うなら、今さら恥ずかしがっても遅いのだが。なにしろ、先生方は手術のとき、裸の患者を手術台の上でひっくり返すそうだから。
「どうやってひっくり返すんだろう」
 国分寺のお姉様は興味津々だ。
「両手両足を持って、『せーの』でひっくり返すのかな」
「あたくし、前に聞いたことがあるわ。上から板のようなものが降りてきて挟むんですって」
 と、三崎口夫人。
「ええっ?」
 国分寺のお姉様が驚いた声を出す。
「じゃあ、サンドイッチ?」
「ええ。ほら、なんていったかしら、そういう道具があるでしょう」
「ホットサンド・メーカー?」
「ああ、それ」
「写真が医学雑誌に載っていたわよ」
 と、医師の妻である茅ヶ崎夫人が思い出した。夫のところに送られてくる学会の機関誌に載っているのを見たことがあるという。
「上下で挟んでおいて、ぐるっと回転させるのよ」

 私は3人の話を黙って聞きながら、手術台の上から黒い鉄板が降りてきて、下の鉄板に寝かされた患者を挟み、くるりと上下が反転するところを想像した。
 でもねー、これにはどうも無理がある。鉄板を支える棒はどこについているの?

 何日もたってから、たまたま用があって病室を訪れた麻酔科の女の先生に、国分寺のお姉様が同じ疑問をぶつけた。
「どうやって手術台の上の患者をひっくり返すのか?」
 麻酔科の先生によれば、先生方が何人かでひっくり返すのだそうだ。1人が頭を持ち、他の先生たちが手と足を持って。
「せーの」と言うかどうかは知らないが、やはり国分寺のお姉様の推測通りだった。

「やっぱり」
 国分寺のお姉様が妙に力をこめて言った。
「前に手術した時にね、目が覚めたら差し歯がみ~んな折れていたの」
「ええっ?」
 今度は全員が驚いた。
「口を開いたら前歯が全部、だらーんとぶら下がってるんだもの。きっとひっくり返すときにやられたんだ」
 国分寺のお姉様は固太りで体重もけっこうありそうだから、先生方もひっくり返すのに大変な思いをしたに違いない。

 それにしても、差し歯を全部折るとは凄まじい。手術台に顔面がもろにぶつかったということだろうか? 
 前歯が折れるくらいなら顔面も打撲するだろうに、鼻も打たず、唇も切らず、歯だけが折れたとは……?(この謎は、虎の門病院で解ける)

 ちなみに、国分寺のお姉様は今回も別の被害にあっている。
 手術が終わって、看護師さんだか先生だか、顔のテープをはがすのにビリッと勢い良くはがしたものだから、顔の皮膚まで一緒にはがれてしまったのだ。
「ヒリヒリするなぁと思って鏡で見たら、ここんとこが四角く赤くなってんの。こりゃテープの跡だってすぐわかった」
 そう言って、国分寺のお姉様はほっぺたを指さした。
 顔のテープは酸素吸入のチューブがはずれないように止めておいたものらしい。
 私はテープを貼られていなかったので助かったが、手術の傷以外にそんなおまけまでついて、国分寺のお姉様はとんだ災難だった。

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