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実名伏せてきた理由
「隠しごとは嘘じゃない」と以前noteに書いた私が、今日こうして名前について、実名で語ろうと決意したのは、長い間の想いと家族の支え、そして皆さまへの感謝の気持ちが溢れているからです。
今回は実名を伏せてきた理由について書き綴りたいと思います。
2013年、私は「コンサート手話通訳」を始めました。
音が聴こえなくても音楽を心から楽しむ人たちがいること、その素晴らしさを広く知ってもらいたいと願ったからです。手話で伝えることで、音のない世界でも感じられる音楽の振動やリズムが、誰にでも届くようにと願いました。母もその一人で、私の活動をそばで支えてくれました。SNSでもこの想いを発信していましたが、2013年のある日、とある投稿内容が私自身だけでなく幼い我が子にまで及んでしまったことで恐怖を感じたのです。
もし我が子に何かあったら?その不安が消えないまま、私は笑顔で活動を続けてきました。母と相談し、「Emily」という名前でSNSを続けることを決意しました。名前に込められた意味は、「SignSong」というアカウント名にも現れています。母と私の「歌」=「SignSong」、私たちの絆です。コンサート手話通訳を通して、ほんの少しでも理解の輪を広げたいと願いました。
あれから11年が経ち、2024年の「コンサート手話通訳」があります。
母は、コロナ前の2018年に他界しました。母がそばにいないけど、嬉しいときや辛いときに、空を見上げ母の笑顔を思い出します。我が子も成長し、頼もしく、そして時には私を励ましてくれる存在に育ってくれました。私が落ち込んでいると「ママの目指す世界は、みんなが笑顔になる場所でしょ?」と語ってくれる言葉に、何度も救われています。
私の夢は「コンサート手話通訳」の普及です。その夢に付き合い、支え、そばで見守ってくれた家族には、感謝しかありません。家事も育児も完璧ではないし、正解もわからない中で歩んできましたが、私なりに、正直にまっすぐ進んできたことが、家族の笑顔を守る理由かもしれません。いまだに亡き母が作ってくれた料理が恋しくなり、我が子が料理をする姿を見ては、「私のワガママに付き合ってここまで育ってくれたんだ」と、自然と感謝の気持ちが溢れてきます。
SNSでも辛い思いをすることはありましたが、同時に、ずっと支え続けてくださる方々の存在がありました。私はK-POPファンなので、プライベートでコンサートへいくときなどソンムル(プレゼント)をいただくとき「応援してるよ」そういって渡してくれて、私はなにもお返しできないから毎回、申し訳なく思うと同時に、言葉にできないくらいの感謝が胸に溢れパワーに変えていけました。2013年からのつながりが今も続き、私の活動に言葉をかけてくれ、共に歩んでくださる方々とのご縁があったからこそ、今日の私があります。
日本で「コンサート手話通訳」を皆さまに知っていただけたことは地道に歩んできた大切な成果です。
母と「いつか実名で活動しよう」と話し合っていた時がありました。私の名前「恵美理」には祖母と母の願いが込められています。昭和の時代に「世界に通用する名前を」との祖母が願い、そして「漢字があるといいね」という母の思いです。この名前を誇りに、これからも誠実に歩み続け、聴こえない人たちがコンサートやイベントを心から楽しめる世界を引き続き目指していきます。
私の第一章は「SignSongEmily」として始まりました。
そして2024年、第二章が「長谷川恵美理」としてすでに始まっています。
家族への感謝、そして支えてくださる皆さまへの感謝を忘れずに、一歩ずつ進み続けます。私の言葉では「ありがとう」を届けきれないこともありますが、それでも変わらずに歩み続けます。コンサート手話通訳第二章、「長谷川恵美理」としての勇気の一歩を踏みしめ、皆さまと共に進んでいきます。
引き続きnoteではAnna.の名前で感じたまま、羽を広げて描き綴れるようにそのままで続けます!
これまで見守り
信じ
つながり続けてくれた皆さま
心からありがとう
相変わらずの文章力のなさですが、ありのまま書き留めたものに最後まで目を通してくれて
ありがとう
そしてこれからも、どうぞよろしくお願いします。
SignSongEmily →長谷川恵美理
note名 Anna.