世界こわい話ふしぎな話傑作集7・10・17
子供の頃は金の星社から出版された『世界こわい話ふしぎな話傑作集』を読んでいた。世界各地の短めな怪奇小説を国ごとに編集して子供向けに読みやすくしたもので、全20巻ある。ふと懐かしくなって探したら市内の図書館にあったので、とりあえず今も覚えている3冊を借りてみた。
『夜歩く手』モーパッサン原作 榊原晃 訳・文
第7巻 フランス編
『ゆうれい』…旧友に頼まれて古い屋敷へ手紙の束を取りに行った軍人が女の幽霊に遭う話。部屋の暗い雰囲気、女幽霊に髪を櫛でとかしてくれと頼まれた時のおぞましい感触についての描写が印象的だった。結局旧友がなぜそんなに憔悴していたのか、手紙の内容はどんなものだったのか、旧友はなぜ失踪してしまったのか、女は何者だったのかなど明らかにされずすっきりしない読後感も良かったと思う。
『水の上』…夜ひとりで小さなボートに乗り川に漕ぎ出した男が怖い思いをする話。筋書きとしてはボートがなにかに引っかかって立ち往生してしまい何時間も経ってから漁夫に救助される、調べたところ老婆の水死体がいかりに絡まっていたのだった、というシンプルな内容である。男の揺れ動く心理やあたりの怖い雰囲気の巧みな描写を味わうための掌編だと思う。
『催眠術』…ジャック・パランが精神病院で死んだとの報せを聞き語り手がぞっとする場面から始まる。パランは常にそわそわイライラしている神経質な四十男で、両手を他人から見えないように隠したがる妙な癖があった。語り手はある日パランの屋敷を訪ね、パランが自身の催眠術体質にずっと悩んでいることを打ち明けられる。自身の意に関係なく物を自分のほうへ引き寄せてしまい、見つめた相手を麻痺状態にしてしまうのだという。パランが特殊能力を利用してうまく世渡りをしようとせず、ひたすら自身の能力を恐れて「ある日なにかの拍子に消失してくれないだろうか」と願っているのが面白いと思った。また、「人が音を聴けるのは耳という器官があるからだが、我々に器官がないから捉えられないというだけの不思議な物事がじつはたくさん存在するのだと思う」というパランの述懐は作者の興味関心を表しているような気がする。
『夜歩く手』…まず鎖でがんじがらめにされた手首のミイラというモチーフが強烈で、所有者の「夜な夜な主を探して彷徨い出ようとするのでこのように拘束しているのだ」という説明も常軌を逸していて怖い。所有者は最終的に何者かに殺されて発見されるのだが、この手首に絞殺されたのか、実は生きていた手首の主が彼を探し当てて復讐を遂げたのかはっきりしないところが想像を掻き立てられて面白い。
『逃げだす家具』…骨董品の家具を集めるのが趣味の男が、夜な夜な家具たちが家から逃げ出すところを目撃して行方を追うという幻想的な話。怖いというより、うっとりするような雰囲気だった。
『砂ばくのたいこ』…語り手が砂漠を横断していた時に聞いた、ふしぎな太鼓の音の話。音の正体は不明で、現地のガイドに尋ねても「我らのうえに死がある」としか言わないのが不気味だった。怖いという感情はどこからくるのか、という分析も面白かった。昔ネットで見かけた怖い話で、探検隊がジャングルを行進していたらカコーン、カコーンというししおどしのような音に囲まれて怖くて死ぬかと思ったという内容のものがある。もしかするとこの話を参考に作られたのかもしれない。現地人のガイドがすごくおびえるところとか似ている気がする。
『山の宿』…冬の間山ごもりをすることになった男が、雪に降りこめられて閉塞的な環境の中発狂する描写が圧倒的である。どんな人間でも条件さえ揃えば彼のようにたやすく正気を失うのだろうなと思わされた。
『緑色の目の白いネコ』レ・ファニュ原作 足沢良子 訳・文 第10巻 アイルランド編
余談だが、通りがかった同僚がこの本の表紙を見て「この題名だと毛皮が緑で目が白いネコだと解釈することもできますね」と言っていた。100パーセント誤解されないようにするには『目が緑色の白いネコ』とでもしたほうがいいのかもしれない。
1. 『絵にかくされたふしぎな話』…画伯、弟子、画伯の美しい娘が暮らしているところに異国の貴族を名乗る不気味な紳士が訪ねてくる。多額の婚礼金与えるので美しい娘を嫁によこせと言う。なにしろ不気味な人物なので少しためらうが、高額なお金に目がくらんだ画伯は娘の意向もきかずに承諾してしまう。後になってやはり娘が心配になった画伯は紳士が住むという土地まで行って街の人に聞き込みをするが「この辺りにそんな名前の貴族いませんよ」と言われてしまう。件の怪紳士は人間ではないことが仄めかされる。ある夜、娘が「あの男から逃げてきた」と衰弱しきった様子で画伯のもとへ戻ってくる。どんな目に遭ったのか説明する余裕もなく飲食物を要求してがつがつ詰め込むと、「急いで牧師さんを呼んで。そして、私をひとりにしないで。あの男が捕まえにくる」と懇願する。結局、家中の灯りが消えた拍子に画伯がうっかり娘をのこして部屋から足を踏み出してしまい、娘は永久に姿を消すことになる。終わりのほうに「当人が望まない結婚を無理強いしてはあきまへんよ」という教訓めいた一節があるが、話の展開が動的でなかなかおもしろかった。
2. 『緑色の目の白いネコ』…金持ちで冷酷な男が、貧しくも美しく一途な娘に惚れて結婚の約束をしておきながらすぐに飽きてフッてしまい、別の裕福な女性と結婚してしまう。心労で早世してしまった女性に特に罪悪感を感じる様子もなく裕福な生活を謳歌する男だが、しばらくたつと彼の一族のまえに不思議な白いネコが姿を現し、見た者は必ず不慮の死を遂げるという現象に見舞われるようになる。村の者は「あの可哀そうな娘の呪いにちがいない」と噂する。男が瀕死でベッドに寝ているとき、世話役が様子を見に行くと目を皿のように開いた男が身を起こしてベッドの下を指さしているというシーンがありありと想像できて怖かった。
3. 『かわら屋根の家のゆうれい』…あるお屋敷は何度か住人がかわっているのだが、そこに住む者は怪奇現象に見舞われるという。まずは窓を執拗に叩いたり開けたりしようとする手が見え、様子を見るためにドアを開けると必ず「何者かがすり抜けて中へ入っていった感覚」に襲われる。それ以降は家の中で手だけの幽霊がうろついたり家具に誰もおぼえのない手形がついていたりと妙な出来事が起きるのだ。果樹園に出現する幼女の手を引くローブ姿の女性、寝室で住人の女の子が話しかけられた首に大きな傷を持つ男性などが意味ありげに登場するがこまかい由来は不明なところも興味深い。
『死者のしかえし』レイほか原作 榊原晃 訳・文 第17巻 フランス編
『なぞのスケッチ』E. シャトリアン 作…貧しい青年画家があるとき啓示に打たれたかのように一枚の詳細なスケッチを描き上げる。なぜこんな絵を描いてしまったのかと自分でも訝しむような、陰惨な殺人の一場面だった。その画家が知らないところで実際に絵のとおりの殺人事件が起きており、お前が犯人じゃないかと疑われ投獄されてしまう。このままでは有罪になってしまうと焦る画家だが、鉄格子の嵌められた窓ごしの景色を見たとき更なる啓示に打たれ、それまではっきりとしなかったスケッチの続き、つまり真犯人の姿を一気に描き上げる。芸術のインスピレーションの不思議さを題材にしていると感じた。
『分身人間』G. アポリネール 作…詐欺師じみた男が科学実験の末に自分の分身を世界各地に顕現させる技術を発明した話。救世主を名乗って世界を引っ搔き回し支配する企みを持っていたが、義憤にかられた友人にオリジナルが刺殺されてしまう。そのとき同時に世界のあちこちで救世主が死ぬニュースが駆け巡ったという。ドタバタっぷりが少しSF喜劇っぽくもある。
『死者のしかえし』ジャン・レイ作…金欲しさに父親を殺して床下に埋めた男が、夜な夜な床板をたたくような音に悩まされるようになる。罪悪感を抱く男は父親の幽霊が抗議しているさまを思い描いて恐怖したり、いやいや、家鳴りとか何か別の物音だろうとその考えを打ち消したり気が気ではない。気を紛らわせるため毎晩大量のウイスキーを飲むことが習慣となってしまう。ある夜、床から這い出てきたネズミを見てあの音が死体を貪るネズミや虫どものたてる音だったのだと悟り安心しかけるが、床下の死体をすっかり食い尽くしたネズミや虫が次の標的を自分に定めていることに気付く。恐怖と連日の深酒で体がやられており動くことができない。やっぱり死者の仕返しだったのや~!という結び方にちょっとウケてしまった。普通の人は利益のため悪事を働いても罪悪感に押しつぶされて楽しくないばかりか破滅してしまうので、最初から悪いとわかっていることはやらないほうがいい。
『恐ろしい約束』ジャン・レイ 作…容赦ない取り立てで悪名高い高利貸しグライドの話。客の一人である貧しい青年画家から更なる借金のかたに一枚の絵を預かる。彼が描いた絵でとても美しく素晴らしい裸の青年像だけれども、未完成で題名もついていないという。完成させて題名をつけるまで利息の支払いを待って欲しいと懇願し、グライドはいったん話をのむが後にこれ以上は待てないと家財の差し押さえに踏み切った。絶望した青年画家と同居の母親は自殺を遂げるのだが、グライド宛の遺書に「あの絵の題名は復讐と決めました。絵も約束通り完成させます」とあった。死んでいるのにどうやって完成させるのかと訝しんだグライドだが、事務所に掛けてあるあの絵が夜になると動くのだと触れ回り憔悴しきった様子を見せ始める。呆れた客がそんなに気に病むぐらいなら絵を破り捨てたらどうかと提案するが、がめついグライドは絵に払った金が惜しくて壊すことができない。ある日、事務所を訪ねたお客が刺殺されているグライドを発見した。恐る恐る例の絵を見ると、絵の中の青年はつばの部分まで血に染まったナイフを持っていた。復讐譚、因果応報の教訓的要素もある話だ。
『墓守りの告白』ジャン・レイ 作…ある広い墓地で、住み込みの墓守り(の助手)を募集していた。貴族の婦人がそっくり買い上げた墓地で待遇がよく、気さくな先輩が二人いるという条件にとびついて働くことになった男の告白形式で話はすすむ。作業自体は楽で先輩が用意してくれる料理や飲み物もとてもおいしいのだが、どうも様子がおかしい。墓地自体の雰囲気もおかしいし、最初気さくで接しやすいと思っていた先輩たちの言動もよくよく気をつけてみると何か隠しているような怪しさがある。よく食べ寝ているはずなのに体調も日に日に悪くなっている気がする。立ち入り禁止と言い含められていた区域をこっそり探検してみると、先代の墓守りによる「これに気づいたら早く逃げろ、お前も犠牲になるぞ。俺はもう手遅れだ」というメッセージが墓石のすみに記されていた。となると、この下に埋葬されているのは先代の墓守りで、そばにある新しい墓穴は自分のためのもの。……結局語り手は命からがら逃げおおせるのだが、はらはらする展開が多くて楽しめた。
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