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インドネシア滞在記⑬町の印刷屋さんとおしん

 最近、5か月になりようやく首が座った娘を前向きに抱っこして家の周りを散歩をしていると、おばあちゃんやスーパーのレジのお姉さんとか、道行く小学生が振り向いて娘によく声をかけてくれるようになった。娘もご機嫌に足をバタバタさせて喜んでいるのでちょっと嬉しくなるのだが、その度に私はボゴール農科大学(IPB)の近くの印刷屋さんを思い出してしまう。

 研究室にはコピー機がなかったので、みんな何かをコピーしたり印刷したいときはUSBに入れたデータや本を大学の外にある印刷屋さんに持って行って印刷をする。印刷屋さんはいくつかあったが、一番大きな印刷屋さんが通りの一番手前にあっていつもよく繁盛していた。ただ問題は、私はその店を一度も使ったことがないうちから、何故か印刷屋の兄ちゃんたちに完全に顔を覚えられていて、その店の前を通るたびにケラケラ笑いながら大きい声で「オランジュパーン(日本人)」と呼びかけられた。みんな振り向くくらい大きい声で呼びかけるので恥ずかしくて嫌だったが、かといって無視するのもあれなので、ちょっとだけ会釈をしてそそくさと逃げていた。ところが、おじぎというのが日本人独特の動作のようで、私がピョコっとお辞儀をする姿が面白がられて、余計に彼らを喜ばせてしまっていた。
 するとそのうち呼び方が「おしん」に変わった。多分あの有名な映画の主人公の「おしん」で、どうやら私がおしんに似ていると思ったらしい。もっと他に色々あるだろ、と私は全然納得がいっていなかったが、ある時日本のアニメや漫画に相当詳しいはずのアゲにも「アンっておしんに似てるよね」と言われてしまった。その印刷屋で「おしん」と呼ばれていることをからかって、イルハムとかチャヤにも「おしん」とか言われる始末で、「おしん」なんて私もリアルタイムで見たことがないのに、インドネシア人の間では結構有名人らしく、その後も事あるごとに初めて会う人に「おしん」と言われた。

 初めて印刷屋さんを使った時にやっと名前を覚えてもらい、それからは呼びかけが「アーン」に代わり、それはそれで恥ずかしかったが、案外仕事は丁寧で、私の手書きのイラストを素敵なカレンダーにしてくれたりと結構親切にしてくれた。中でも一番便利だったのは、本を一冊持っていって「複製してほしい」というと本当に全ページコピーして綺麗に製本までしてくれる。日本だったらすぐさま著作権法違反で逮捕されそうだが、ここぞとばかりに結構利用させてもらった。安くて速かったし、日本にもこんな印刷屋さんがあればいいのになぁとたまに懐かしくなる。

 今はもうあれから10年もたってしまったので流石に「おしん」とは呼んでもらえないだろうなぁと思いながらも、娘を抱っこして今あの通りを歩いたらなんて声をかけてくれるんだろう、なんて想像してしまう。もしかしたら、その時は私の娘があの明るいお兄ちゃんたちに「おしん」と呼んでもらえるのかもしれない。

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