ライブ絵師JIN(ジャンプ+原作大賞応募作品)
「よ~し生放送やるかぁ!」
音量OK、ペイントツールOK、今日もYoutubeでお絵描き配信。閲覧数はゼロだけど。ま、最近はサイバー部隊を描いてる。ネット犯罪から市民を守る隊長だ。でも武器を描くのは苦手なんだよな。手もやばい事になる。
『よう』
男前な声に続き隊長の足が動いた。
――え?
あろうことか小さな隊長は屈伸を始めた。あり得ないだろ、ハッキングされたのか。いやさすがに無理だよな、と思い直す。
「俺クスリなんてやってないぞ」
すると画面端に黒いモヤが出現。
『おい武器をくれ、なんでもいい早く!』
「か、描けそうな武器……短剣くらいならッ」
描き渡したそばから彼はモヤを切り裂く。
『まだまだ来るぞ。頼む手を貸してくれ』
「あの、生放送中なんだけど……」
『データがふっとんでもいいのか!!』
「クラウドにコピーあるし、問題な」
『エラー増幅は敵の得意技だ。オンラインだと一緒に消されるぞ』
怜悧な視線にゾッとした。マジか、これ俺が描いた絵?
『信じないなら別に構わない。後で困るのはそっちだ、ジン』
「待って!!」
名前を呼ばれ思わず口走っていた。配信ツールに目をやれば閲覧数が軽くバズっている。背に腹は代えられねぇ。大急ぎで銃を描くと、隊長は乱暴にそれを手に取った。素早いフォームから間髪入れず発砲。
バンッ!!
銃弾があらぬ方向へそれていく。
『なんだこれは! 銃身が曲がっているぞッ!』
隊長のダメ出しに耳が熱くなる。
「ごめん! 急に描いたし武器は慣れてないから……」
『しばらくこれで凌ぐ。その間にもっとマシな物が欲しい』
マシンガンや戦車は思いつく。でも描けるかどうかは別だ。
――描けるワケねえよぉ。
画面では隊長が孤独な戦いを繰り広げている。だが閑古鳥の鳴いていたチャット欄に、幾つもコメントが入った。
《ケガに備えてポーション描いとけ》
《外付けHDDにバックアップ》
《焦るな。神絵師の動画で武器の描き方を学べ》
「うぉスッゲー、初コメントだ!!」
思わず声が弾んだ。コメントが三つも?!
――テンション上がるぜ。そうだよな、俺も神絵師の動画好きだし。あれずーっと見ちゃうんだよな……ってネット検索してる場合か! 第一、そんなぽんぽんアイディア出されても困る。コメント拾うなんて慣れてないんだから。
ま、ポーションなら描ける。俺はビン入りの赤い薬をサッとしたためた。
『医療班の手配に感謝する』
続けて外付けHDDを準備。
『やめておけ、それも感染するぞ』
隊長の警告でUSBケーブルを持つ手が止まる。パソコンからの感染リスクを忘れてた。薬はOKだったみたいだけど、じゃあ次はどうすればいいんだよ。
結局俺は一度成功した短剣を再び描き渡した。隊長はそれをつかみ取ると、よどみない動きで敵に向かって踏み込む。
ズバッ!!
剣閃が走る。だがモヤに当たると短剣はあっけなく折れてしまった。見ればドス黒いモヤは勢いを増し、攻撃が効いていないと分かる。
隊長は首を振った。
『こんなナマクラではダメだ』
そうもらすと折れた剣を無造作に放った。
たしかに切れ味が悪いのは、線が太くてヨレてるせいかも知れない。でも、そんな言い方しなくたっていいじゃん。シャープな線を引けない自分が恥ずかしくってザワザワと頭に血が上る。
「なんだよ、俺だって一生懸命描いたんだよ! 俺の絵が多少変だからって何を言っても良いわけじゃないぞ!」
隊長は俺の言葉に耳を傾ける暇もなく、口を閉ざしてモヤと戦っている。パワーアップした敵は手強くなかなか倒せないようだった。不出来な銃で器用に敵と渡り合っちゃいるけど、残弾はあまり多くないはずだ。
……沈黙が気まずい。でも怒った手前、相談しにくい。
そこへ一つのコメントが目に飛び込んだ。
《魔法の杖は簡単に描けるんじゃね?》
ナイスッ! それなら火の玉とか自由に出してモヤを吹き飛ばせる!
ヨレヨレの木枝くらい問題ないとばかりササッと描き出す。だが、
『MPが足りない。残念ながら俺は魔法使いじゃないんだ』
苦々しい声。そうだ、隊長は特殊部隊の兵士だった。俺が作った設定なのに忘れてどうする。これがいわゆる絵師の言うところのボツ絵ってヤツか? なんか酸っぱい。まあいいや。ともかく、ええと、敵を吹き飛ばせて、ウーン、それでいて描きやすい武器と言えば……
思いつかなくて、グルッと丸を描いてみた。ハッ。そこで閃く。
丸の中に縦線と横線を何本か引いて、上にレバーみたいなのを付ける。深緑色に塗ったら軍仕様だぜ。俺は手榴弾を描いた。パイナップルみたいなやつだ。
「これどう?」
描き渡した刹那、隊長が目を見開いて叫んだ。
『安全ピンが外れているぞ!』
手刀で手榴弾をはじき飛ばし、すかさず後方へと跳びのく隊長。
数瞬後、画面内で大爆発が起きた。
ドガァーーーンッ!!
《隊長ぉおおおおおお!!》
《安全レバーがああも短くちゃ握れんだろ》
《なんかハンドソープみたいな形だったw》
散々なコメントでチャット欄が荒れる。
やっべー、やっちまった。脇汗が吹き出す。
たっぷり十秒ほど針のむしろの上にいる気持ちでいると、煙の中から隊長がゆらりと出てきた。無事なようだが静かにうつむいていて表情は見えない。
俺は叱責を覚悟した。でも、
『武器セレクトは悪くなかった。おかげで当面の危機は去ったぞ、ジン』
隊長が言い終わるが早いか、肩のライトが赤から青の点滅に変わる。
グッドサインを出した隊長は顔をほころばせ、続いて敵のいた方を指さす。黒いモヤは四散していた。
《黒モヤ撃破ぁああ!》
《勝利おめ~》
《隊長生きててよかった》
パソコン画面から黒いモヤが消えるとともに、チャット欄が沸いた。
やったぜ、俺の絵が脚光を浴びている!
小さなサイバー部隊長は、赤い回復薬を取り出すと一息にあおった。くすんでいた軍服がキレイになっていく。
『うまい。今まで受けた中で最も上質の治療だ』
「そっか?」
俺は空き瓶にお代わりを描き満たした。
《ときにパイナップルの詳細はここにある》
貼られたリンクをたどると手榴弾の解説ページが出て来た。また手榴弾が誤爆しないように、俺は絵の練習に取り掛かった。チャット欄にも助けられながら、安全ピンを加え、安全レバーを長く改良。こんなにマジメにやったのは初めてだ。そして隊長から使い方をレクチャーされ、取り扱い方法を学んだ。
「あー、そういう構造になってたんだ。知らなかったわ」
実際使っている人を見ると分かってくる。俺はタブレットペンを軽く握った。よしッ、なんかつかめてきたぞ。
『手榴弾はグッドアイディアだったな。これは実際有効な武器だ』
隊長の声が温かく響く。ここまで緊張の連続だったけど、励まされてホッとした。
ふぅーっ。背もたれに体をあずけてモニターを見る。リラックスしたせいか、画面内の違和感が気にかかった。隊長の手の動き……明らかにぎこちない。
たぶん俺の、つまり、デッサンがおかしいせいだ。武器の精度が増したぶん、描写が細かすぎてパーツを掴みあぐねている。
――ああ、ごめん。
不意に思った。俺、手が描けるようになりたい。
今までそんなの願った事はなかった。だって面倒くさいから。
細かい所なんてどうでもいい。だってよく知らないから。
ずっと目を背けて来た事実だけど、逃げてはいられないか。でもだからって武器を持つ指とか、手を描くのって難し過ぎるだろ。いきなりハードルが高すぎるよ。
《で、隊長の肩にかかってるキャタピラみたいなのは何なの?》
俺はすがるように視聴者のコメントを拾った。これは逃げじゃない。隊長のデザインを語れるチャンス到来なんだ!
「それはさ、その、隊長って事が一目で分かるようにしたんだよな。ほら紫ってのは最高位の色だから」
チャット欄が静まる。
あれ、俺まずい事言った? 伝わらなかったなら説明した方がいいのかも。
「あれだよ、冠位十二階な」
《?!》
《久しぶりに聞いたわwww》
《そのタスキ階級章だったんか😄》
なにやら笑いが取れた。チャット欄が盛り上がる。
《んじゃ隊長が背中に背負ってるヘラは何なのよ?》
正直あまり考えずに描いた突起物だ。特殊部隊らしくて格好いいからと付け足したパーツ。
「こっ、これはさ、サイバー部隊の、たぶん、秘密兵器だよ」
《銃にしちゃラッパ型すぎひん》
《途中で銃身終わってるし😂》
《てか掃除機みたいだがw》
一転ツッコミの嵐。バカにされる空気のいたたまれなさを知る。隊長はどう思っているんだろう。そちらを見ると自らのパーツを確認しつつ、コメントにうなずいていた。
――格好良くしたつもりだったけど、チャット欄に同意かよ……
『それ好いんじゃないかジン』
かけられたのは意外な言葉だった。
『ウィルスの拡散を防ぐ吸引兵器』
隊長から出たアイディアに俺は背筋が伸びた。
ウィルスを掃除機みたいに吸うって事か! まさに秘密兵器っぽい!
「それじゃあ、これならどうだろ」
隊長の脇の下にホース部分を描き足したらソレっぽくなった。
《バックパックもセットで》
《それな。ウィルス蓄積するタンク》
《いっそのことウィルス分析してワクチン作る機能も足しちゃいなよ》
どんどんネタが出てくる。
俺はぎゅっと目を閉じた。全然知らなかった。ライブってすごいアイディアの宝庫だったんじゃないか。今まで考えもしなかったプランの連続にドキドキする。
さっそく俺は隊長に秘密兵器を背負わせた。でかいバックパックにアンテナ立てて、ゲーミングライトを点灯。
そこで俺はあるアイディアを思いついた。
「じゃあさ、できたワクチンの小瓶をタスキに仕舞うのはどうだろ」
《ガンベルトみたいな》
《アンプルホルダーか》
隊長はバックパックからアンプルを取り出すとホルダーに挿した。
『気に入った』
俺たちはああだこうだ言いながら隊長の装備を強化していった。
それで気が付けばあっと言う間に夜更けだ。
「明日は学校だし、そろそろお開きな」
《おもしろかったw》
《フォローした》
嬉しい言葉のせいか、考える間もなく応える。
「ありがとう。また頑張るわ」
《今更だけどジンちゃん、閲覧ゼロ放送とか楽しかったん?》
誰だか知らないが、最後に刺さるチクリとした痛み。
目を背けて来た事実。俺は……
「生きていた記録と思ってやってる」
言うつもりなかったけど、口をついて出た。
引かれると思ってた。でも、
《自叙伝w ありだと思うよ》
《なら最後まで見届けに来るわ》
《次も楽しみにしてるぜ》
チャット欄の空気は思いのほか親切だった。
「ん。バイバイ」
気恥ずかしくて俺は挨拶もそこそこにマイクを切った。
配信ツールをオフ。
「あとは描いた絵のデータを……っと、セーブしていいのか?」
『目下のところ問題ない。敵襲は無力化した』
隊長は肩のライトを顎で示した。ブルーシグナルが心強く灯っている。次いで銃をしまうと、冴えない表情で視線を俺からそらした。
「なにか問題でもあるの?」
そう尋ねると、隊長は改まって口を開く。
『ジン、お前の遺言を滅茶苦茶にしてしまった。それに民間人相手に軍の厳しさを持ち込んだ。済まないと思っている』
「え、謝らなくていいよ。楽しかったし」
『だがお前のお絵描き配信を、私は邪魔してしまったんじゃないか?』
言われて咄嗟に心が否定した。
「邪魔なもんか。俺は、サイバー部隊が市民を守るのを見たかったんだ」
『そのために、お前自身がネット犯罪に巻き込まれる羽目になるんだぞ』
「じゃあ、俺が隊長をデリートしたら、それでネット犯罪がなくなるのか?」
『なくなるはずもない。私は別の形で敵を追う事になるだろう』
「ならッ!」
俺は握り拳に力を込めて己を鼓舞した。
「手伝わせてくれよ。隊長の力になれば俺の絵だってマシになるし、ビュアーも退屈しない」
またバズりたいし。
そう伝えると隊長は姿勢を正し、その怜悧な瞳が輝いた。
『わかった。しばらく厄介になる』
真顔で俺をまっすぐに見つめ敬礼。そして口の端を上げて力強い笑顔になった。
かっ、カッコイイ。これ本当に俺が描いた絵?
なんて考えていると、隊長が手を差し出してきた。
『よろしくな、ジン』
「あっ、うん、よろしく隊長」
握手のために急いで描いた俺の手は、相変わらずヤバかった。
(了)
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