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ステロイド剤の主作用と副作用、知ってますか?

ステロイドという言葉を聞いたことはありますか?

ステロイドとは、ステロイドホルモン剤の総称。
本来副腎という臓器から分泌されるホルモンで、免疫機能を調節する役割を持っています。

これを薬として外から投与することで、免疫の暴走を止めたり、アレルギー疾患のコントロールを行います。

具体的な使い所としては、犬アトピー性皮膚炎のようなアレルギー性疾患、免疫介在性溶血性貧血や免疫介在性多発性関節炎、炎症性腸疾患のような免疫疾患、リンパ腫などの腫瘍性疾患などが代表的です。

とっても良い薬なのですが、長期的に使用すると副作用が気になる薬でもあります。

特に肝障害や糖尿病、胆嚢粘液嚢腫のような、全身への影響は、命にも関わる重大な副作用です。

この記事では、「ステロイド剤の功と罪」と題して、ステロイド剤がいかに頼れるお薬なのか、そしてなぜステロイド剤の長期使用が怖いことなのか、使用上の注意点をメインに話していこうと思います。

何事も正しく恐れることが大切。それぞれの問題に対する解決策も紹介します。

ステロイド剤を愛犬愛猫に使用している飼い主さん、あるいはこれからステロイド剤で治療を開始しようとしている飼い主さんのお役に立てれば幸いです。

ステロイド剤って何?

ステロイド剤は抗炎症薬に分類されるお薬です。

体はウイルスや細菌感染など、外部の敵に対抗するために免疫機能を持っています。感染の起きた場所で炎症を起こし、体から排除しようとするのです。

ですが、この炎症反応はときに、過剰になったり、あるいは暴走します。

免疫の過剰を抑えるために、最も有効かつ代表的な薬がステロイド剤なのです。

ステロイド剤は切れ味のよい頼れる薬

ステロイド剤はホルモン剤でして、ホルモンというのは少量でも多大なる効果を発揮するのが特徴です。

というのも、ステロイド剤の作用機序を考えてみれば当然のこと。

ステロイド剤の作用機序

ステロイド剤は様々な炎症反応を総合的に抑制してくれる薬です。

ステロイド剤の作用機序を理解するためには、サイトカインが作られる過程を理解しなくてはいけません。

サイトカインは、炎症細胞同士のコミュニケーションに使われるお手紙の役割だったり、あるいは様々な炎症反応を引き起こす張本人だったりします。

とても沢山の種類のサイトカインが炎症反応に関わっています。

例えば、ブラジキニンというサイトカインは、痛みや血管透過性の亢進を起こす作用を持ちます。怪我をした部分が赤くなったり、痛みを伴うのはブラジキニンのせい。

IL-1というサイトカインは、発熱や白血球(炎症を起こす仲間)をおびき寄せる効果(白血球遊走効果)を持ちます。
炎症部位が熱く感じるのはIL-1のせいなのです。

主なサイトカインや炎症性物質の役割
ヒスタミン:血管拡張、血管透過性亢進
ブラジキニン:疼痛、血管拡張、血管透過性亢進
TNFα:発熱、細胞死誘導
PGE2:血管拡張、痛覚過敏、発熱、血小板凝集抑制
PGI2:血管拡張、血小板凝集抑制
IL-1:白血球遊走、発熱、細胞分裂促進
IL-8:白血球遊走


このように、炎症反応にはサイトカインが欠かせないのですが、ステロイドはこれらのサイトカインの合成を「全体的に、強く」抑え込んでくれます。


サイトカインが出来上がる過程を見てみましょう。

多くのサイトカインの原材料となるのが、細胞膜のリン脂質です。

細胞膜は以下のような構造になっており、リン脂質が2層に重なってできています。

このリン脂質が様々なサイトカインの材料となります。

サイトカインが必要となった場合、ホスホリパーゼA2が細胞膜のリン脂質を狩りだして、アラキドン酸やエイコサトリエン酸などの物質に変換し、各種サイトカインの合成がスタートします。

(上の図のLT〇〇はロイコトリエン、PG〇〇はプロスタグランジン、TX〇〇はトロンボキサンであり、どれもサイトカインの仲間です。)

つまり、最も重要なキーパーソンはホスホリパーゼA2です。

ステロイドは、ホスホリパーゼA2を直接、あるいは間接的に抑制することで、サイトカインの合成を阻害します。

サイトカイン合成の大元がシャットアウトされるわけですから、とても強い抗炎症作用が発揮されます。


多くの疾患や病態には、多少なりとも炎症反応が関わっていることが多いため、ステロイド剤の活躍の場は本当に多岐に渡ります。

その切れ味の良さ、なんとなく色々な病態を改善してくれる頼もしさから、はっきりとした診断が付くまえに、ステロイド剤を処方してしまう獣医師がいるのも事実です。

(業界ではステロイド獣医などと揶揄することもあります・・・)

ただし、ここから解説するように、ステロイド剤は使い方や使い所を間違えると害悪にもなり得ます。

ステロイド剤の罪

ステロイド剤の罪①肝障害

肝障害はステロイドの代表的な副作用の一つです。

ステロイド剤を、それなりの用量で長期間使用すると、ステロイド性肝障害が起こります。

始めは肝障害マーカーであるALTやAST、ALPが軽度に増加する程度であり、この時点ではウルソデオキシコール酸などの肝庇護薬を併用することで、ある程度肝障害を抑えることが可能です。

しかし、肝障害が慢性的に持続すると、いよいよ肝機能が低下してくることになります。

肝臓が本来果たしていたたくさんの機能が、とうとう立ち行かなくなってくるのです。

例えば、肝臓はタンパク質工場ですので、肝機能が低下すると様々なタンパク質を作ることができなくなったりします。

あるいはアンモニア毒素の解毒ができなくなって、高アンモニア血症を起こし、神経症状が出たりもします。

ステロイド剤の罪②医原性クッシング症候群

実は、体の中にはステロイドホルモンを出す臓器があります。

それが「副腎」という臓器です。

腎臓の横に存在する数ミリの小さい臓器です。

副腎から、「糖質コルチコイド」が分泌されているのですが、これはステロイド剤とほぼ同じものと考えて差し支えありません。

体はステロイドホルモンを自作することができるということ。何らかのストレスが体にかかったときに分泌されるようになっています。

さて、この副腎という臓器から、糖質コルチコイド(=ステロイドホルモン)が過剰分泌される病気を、副腎皮質機能亢進症(別名:クッシング症候群)といいます。

副腎皮質機能亢進症に罹患すると、皮膚や被毛が薄くなる、水をたくさん飲んでおしっこが多い、筋肉が弱くなる、お腹がぽっこり出るといった症状が出ます。

ステロイド剤の長期使用は、この副腎皮質機能亢進症の状態を、人為的につくることになりえます。

原理的には同じですからね。

ステロイド剤を長く使っていると、副腎皮質機能亢進症と同じ症状が認められるようになるのはこのためです。

しかし、副腎皮質機能亢進症が最も問題となるのは、お腹が出ることでも、毛が脱毛することでもありません。

以下で解説するように、副腎皮質機能亢進症やステロイドの長期使用は、様々な病気のもとになりうるから大変なのです。

ステロイド剤の罪③糖尿病

ステロイド剤を使うと、糖尿病を発症しやすくなります。特に猫ではこの傾向が顕著です。

糖尿病は、人でも問題となることの多い生活習慣病の代表格ですね。

糖尿病ってどんな病気か説明できますか?

「おしっこに糖が漏れ出す病気」ぐらいの認識の方もいらっしゃるのではないでしょうか。

糖は、体の全ての細胞が必要とする、重要なエネルギー源です。血液中に流れてきた糖を細胞内に取り込んで、様々な生命活動に利用します。

糖尿病とは、簡単にいうと、「全身の細胞が、血液中の糖を利用できなくなってしまう疾患」です。糖が利用できないので体が飢餓状態となってしまいます。

血液中の糖を利用するためには、インスリンというホルモンが必要です。
インスリンが分泌されて、細胞の受容体という部分に届くと、「糖を取り込め!」という司令が出て細胞内に糖が流入します。

糖尿病では、このインスリンホルモンの分泌量が足りなくなってしまったり、あるいはインスリンは足りているのに、細胞がインスリンに対して反応しにくくなってしまったりします。

糖尿病に罹患すると、インスリン注射が必要になることがあります。

ステロイド剤が原因で発症した糖尿病の場合、ステロイドが減薬できれば、寛解に持ち込むことができる場合も多いですが、治療中の看病は非常に大変です。

猫さんにステロイド剤を使うときに最も怖いのが、この糖尿病なのです。(もちろん、犬でも起こりますが頻度はやや猫の方が高め。)

ステロイド剤の罪④胆嚢粘液嚢腫

犬では、ステロイド剤を長期使用することで、胆嚢粘液嚢腫という疾患に罹患しやすくなります。

胆嚢粘液嚢腫とは、胆嚢という袋状の臓器に、硬めのゼリーのような物質が蓄積し、胆嚢がパツパツになってしまう病気。

病態が進行して胆嚢の粘膜が虚血状態になると、その部分が壊死を起こし、穴が開いて胆嚢の中身がお腹に飛び散り、腹膜炎を起こして死に至ることもあります。

いわば、いつ破裂するとも知れない爆弾を抱えて生きるようなイメージです。

一度発症すると元の胆嚢に戻すことは難しく、破裂を起こす前に、予防的に胆嚢を摘出することもあります。

さて、胆嚢粘液嚢腫が怖い疾患であることはご認識いただけたかと思いますが、胆嚢粘液嚢腫に罹患しやすい条件があります。

代表的なのは、副腎皮質機能亢進症と甲状腺機能低下症です。

この2つのホルモンの疾患は、胆嚢粘液嚢腫の引き金になりやすいと言われています。

副腎皮質機能亢進症とは、副腎からのステロイドホルモンが過剰に分泌される疾患でしたね。

つまり、ステロイドホルモンの過剰が胆嚢粘液嚢腫を引き起こすわけです。

ステロイドの長期使用でも、胆嚢粘液嚢腫を発症するため、注意が必要です。

ステロイド剤の罪⑤感染症にかかりやすくなる

ステロイド剤は体の本来持っている免疫機能を抑える作用を持ちます。
すなわち、外敵に対する防御力が弱くなるということ。

細菌感染やウイルス感染、カビの感染などに対して弱くなり、感染症に罹患しやすくなります。

例えば、細菌性膀胱炎になりやすかったり、皮膚の感染症を起こしたり、猫風邪をひきやすくなったりします。

ステロイド剤の罪⑥血栓症

最も怖い副作用といっても過言ではありません。

血栓症は突然死につながる重篤な副作用です。

血管の中で血の塊ができてしまい、血管に詰まってしまうのが血栓症。
血の塊が大きければ大きい血管につまりますし、小さな血栓は小さい血管につまります。

すべての細胞や臓器は、血液から常に酸素と栄養素を受け取っています。
これが途絶えれば、細胞死、ひいては臓器不全、生命の危機に直結します。

血栓は、一度でき始めると次々とあちこちでできやすくなります。

ステロイドを高用量で長期的に使用していると、血栓ができやすい状態となり、様々な臓器に障害を与えます。

肺に詰まれば肺血栓塞栓症、脳に詰まれば脳梗塞、心血管に詰まれば心筋梗塞、腎臓の血管に詰まれば急性腎不全を起こします。

発生頻度としてはそれほど高いわけではなく、肝障害などのその他の副作用の方が遭遇する頻度は高いです。

しかし、ひとたび血栓症が起きてしまうと命の危険にさらされるため、注意が必要な合併症の1つです。

ステロイド剤の罪⑦診断をあやふやにしてしまう

これは番外編ですが、しっかりと診断がつかない状況でステロイド剤を使用すると、診断があやふやになってしまうことがあります。

例えば、リンパ腫という腫瘍があります。

リンパ腫は、癌なのですが、ステロイド剤も少し効果を発揮します。

リンパ腫かもしれないし、そうじゃないかもしれない。そんな診断が曖昧なうちから、ステロイド剤を処方してしまうと、腫瘍細胞が減ってしまって診断がつかなくなってしまうことがあります。

ステロイドを使うなら、可能な限り診断名をハッキリさせてから使うことが求められます。

これは獣医師が気をつけるべきことでもありますが、飼い主さんにできることがあるとすれば、なるべく初診時の段階で、精密検査を拒まず受けていただきたいと願っています。

ステロイド剤の副作用と戦う術

上記でステロイドの長期使用による副作用をざっくり解説してきました。

でも、ステロイド剤は多くの疾患に対して有効なお薬であり、実際には多少副反応のリスクを背負ってでもステロイド剤を使用しなければいけない場面は往々にしてあります。

ステロイド剤を長期的に使っていて副作用が起き(あるいは起きそうな状況)、それが看過できない場合、できることは3つあります。


まず1つ目。
ステロイドの種類や投薬方法を変更すること

一般的なステロイド剤であるプレドニゾロンは、口から投薬すると、腸粘膜で吸収されて血流にのり、肝細胞を始め、全身の細胞に影響を与えます。

そのため、ステロイドによる全身の副作用が強く出やすいのです。

そこで、ブテソニドという別種類のステロイド剤に変更することを検討することがあります。

ブテソニドは、プレドニゾロンと比べて、全身の副作用が少ないと言われています。

腸から吸収されたあと、肝臓で代謝され、ステロイドとしての機能を弱めるためです。(これを初回通過効果といいます。)

もちろん一度は肝臓に到達するわけですから、肝障害が0ではありませんが、それが一回で済むという意味で、副作用が低減できる可能性があります。

動物医療の現場でよく使われる場面としては、炎症性腸疾患という腸の難病の治療中、肝障害が進行してしまったときです。

炎症性腸疾患は腸の粘膜の病気です。
腸の粘膜からステロイド剤が吸収されて、腸組織で暴走中の炎症を直接抑えることができれば、薬効も発揮できるはずですよね。

また、間質性肺炎の治療のために継続的にステロイド剤を飲んでいるような子では、ステロイドの吸入剤を使用することで全身への影響を少なくすることが可能です。

犬アトピー性皮膚炎の治療では、赤みや湿疹が出ている場所に直接外用ステロイド剤を塗布することで、ステロイドを飲む量を減らせる場合があります。

このように、ステロイドの投薬方法や種類を変えるのが1つ目の対策です。


2つ目に、ステロイドの量を減らす工夫をします。

ステロイドと同様に、免疫反応を少し抑えてくれるお薬を「免疫抑制剤」といいます。

免疫抑制剤には多くの種類がありますが、病気の種類によって使い分けたりします。

ステロイドと免疫抑制剤の両輪で、体の免疫反応を抑制し、病態を安定させます。
免疫抑制剤の効果がうまく発揮されれば、今まで病態をコントロールするために2必要だったステロイドの量を1に減量できたりします。

あるいは、犬アトピ−性皮膚炎の場合、現在ステロイド以外の痒み止めのお薬が次々と開発されており、ステロイドに頼らない治療が可能になってきました。(詳しくは以下note参照↓)

このように、ステロイド以外のお薬の力を借りて複数のお薬に頼ることが、ステロイド使用量を減らす2つ目の作戦です。


3つ目にステロイドによる副作用に対し、個別に対応策を練ります。

例えば、ステロイド性肝障害は、軽度であればウルソデオキシコール酸などの肝庇護剤を併用することで軽減することができます。

ステロイド使用中に膿皮症や膀胱炎などの感染症が起きてしまった場合は、抗生物質を使用して治療します。

これは、対策というよりも、起きてしまった場合の対処といったほうが正しいかもしれませんが、もし万が一ステロイド剤による副作用が起こった場合には、それ相応の対応を実施します。

ただし、一度起きたら元に戻すことができない副作用も中にはありますので、すべての副作用に対して打つ手があるわけではないのです。

できる限りステロイドの長期的な全身投与を避ける方向で、正しくステロイド剤を使用していく必要があります。

まとめ

「ステロイド剤の功と罪」と題して、ステロイド剤について詳しく解説してきました。

多くの疾患に対してステロイド剤を使用するため、愛犬や愛猫にステロイド剤を使ったことのある方、あるいはステロイド剤を現在投薬している方も多いのではないでしょうか。

ステロイドの上手な使い方は、ステロイドの副作用が起きないように工夫を凝らしながらできる限り少ない用量で使用することです。

  • ステロイド以外の薬に頼ることができるなら頼り、

  • お薬以外にできることがあるならむやみにステロイドを使わず、

  • きちんと定期的な診察で副作用のチェックを実施し、

副作用が起きそうな状況を避けることが大切です。

何か不安なことがあれば、かかりつけの先生にまずは尋ねること。
投薬中は愛犬や愛猫の健康状態に気を配り、定期的に健康診断や再診の予約を入れることを心がけてください。

本日の内容は以上です。


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