「あったること物語」 2 森のともだち
森のともだち
なんとか我慢して毎日 幼稚園に通いつめると、季節が変わるころ、私にも友達ができました。
理論的な男の子のソウちゃんと、活発で優しい女の子のキヨカちゃんです。
家の近かった私たちは、道草をしながら よく一緒に帰りました。
三人でおしゃべりしたり、花を摘んだりして帰ると、離れるのがさみしくなって、ソウちゃんは自分の家を通り過ぎてもついてきたし、私も、一番遠くに住んでいるキヨカちゃんの家の近くまでついていったものです。
「幼稚園バッグ置いたらさ、今日は 誰のうちで遊ぶ?」
「うち、いいよ。田んぼの準備が始まるから、じいちゃんもばあちゃんもいないからさ。弟はいるけどね!」
その日はキヨカちゃんのうちで遊ぶことにして、私とソウちゃんは家に引き返すことにしました。
「ねぇ、待って、待って!」
少し焦ったように、後ろからキヨカちゃんが呼びかけます。
「あのさぁ、あの 暗い森のトンネル道を通り抜けるまで、一緒についてきてくれない?」
私とソウちゃんは目を合わせました。うちの近所には、竹林や、雑木林が うっそうと入り組んで 暗いトンネルをつくる細道がたくさんあったのです。
姉の優が ちょうど幼稚園くらいのころ、他のトンネルにある 小さなお社で、知らない男の人がうずくまっているのを見て 怖かったと言っていたのを思い出しました。
幸い、ソウちゃんと私の家は それらの暗いトンネルを通らずに、幼稚園へ通えるところに位置していました。
足のすくむ場所だったけれど、キヨカちゃんは そこをひとりぼっちで通り抜けないと家へ帰り着けない……。
「いいよ」
そう言って私たちは、静けさを払うように さらに大きな声で歌ったり おしゃべりしながら 日のささないトンネル道へ分け入って行きました。
そこは大人三人がようやく並んで歩けるほどの道幅です。
踏まれて固まった土の地面には ボコボコと石や木の根が飛び出していて、運動靴を履いていても、足の裏が痛くなってくるところでした。
「あっ、ここ、見て見てっ!」
薄暗いトンネルを中ほどまで歩いたあたりで、ソウちゃんが指を差しました。私たちの目の高さ位に、大人の親指くらいの 小さな穴が開いています。
場所は、丁度私たちの顔の辺り。えぐられた土が壁のようにそそり立っていて、木の根っこが私たちの身長よりも高いところにあるという不思議な場所でした。
「あたし、毎日ここ通ってるけど、こんな きれいな丸い穴、開いてたっけ?」
キヨカちゃんが首をかしげます。
「ヘビの住んでる穴かな?」
「カエルのおうちかもよ。」
私も意見をいいました。
「ヘビとかカエルとか、こんな木の根だらけの硬い土に 横穴掘って住むっけ?」
理論派のソウちゃんが指摘します。
「なら、虫とか?」
「虫の穴にしては大きすぎるな……。」
博士のソウちゃんは、腕を組みます。
「ようし、この枝で 突っついてやる!」
腕白なキヨカちゃんの手に、いつの間にか、細長い枯れ枝が拾われています。
「ちょっと、待って待って! なにか住んでたら潰れちゃうし、もしヘビだったら、怒って飛び出してきて噛むかもよ!」
ビビりの私がわめくと、ソウちゃんが真顔で言いました。
「俺が先にのぞいてみる。何かあったら、ふたりともすぐに逃げろよ!」
ソウちゃん、なんて頼りになるんだと感心しましたが、本当は彼も怖いらしく 女子二人の手を離さなかったので、これじゃ先に逃げることは出来ません。
「目が見えるよ! 小さな目が、こっちを見てる! なんか、生き物が住んでるよ!」
ソウちゃんがそう言うので、好奇心に勝てず私ものぞいてみました。
そうしたら、小さな親指ほどの穴の中に、茶色っぽい毛の生えた、小さな小さなクマのぬいぐるみのような生き物が入ってます。
最初は本物のぬいぐるみを 誰かがいたずらに土穴の中に押しこんだのかと疑いました。
けれど それは確かに生きていて、小さな黒い目をくりくりさせています。
「なあに? なあに? 茶色の小さなねずみじゃないの? 私には見えないよう!」
三番目にのぞいたキヨカちゃんが叫びます。
「私には見えないよう! 穴が暗くてちっさくて! やっぱり枝でつつき出して見てみようよ!」
自分だけ見えないキヨカちゃんは腹を立て、地面から枯れ枝をさっと拾い上げます。
「自分に構わないで! あっちに行って!」
突然、ソウちゃんが私たちに向かって大きな声を出しました。驚きました。同じその言葉は、私の頭の中でも響いていたからです。
「怖いよ、あっちに行ってよ、自分に構わないでよ!」
ソウちゃんはそう言うと、ぐいぐいと私たちを押して、トンネル道を駆け足で押し出してしまいました。
穴の中の生き物も見なかったし、なんの声も聞こえなかったらしいキヨカちゃんは訳が分からない様子でした。しかし、苦手な暗いトンネル道を抜けられたので、喜んでそのまま帰って行きました。
取り残された私とソウちゃんは、同じ道を帰る気にならず、かなり遠回りして、明るい道を帰ることにしました。
「ねぇ、あの生き物さ、ネズミにしては 鼻が尖ってなくて まん丸で、ぬいぐるみのクマを そのままちっさくした顔をしてなかった?」
ソウちゃんは 返事を返しません。
「あのさ、明日もさ、あの穴の中の生き物、見に行く?」
また 私が聞きました。
「もう、来ないでって。見つかったから、もうここにはいられないって。」
ソウちゃんは、どこかを見つめてつぶやきました。
「そうだね……。」
それと同じ言葉が、同時に私の頭の中にも聞こえていたのです。
ソウちゃんと私しか見えなかったあの生き物はなんだったのでしょう。
妖精? 妖怪? 未確認生物?
そろそろ 田んぼに水を張る初夏の風が、妙に冷えた 二人の背中を温めてくれました。
©︎2023.Anju
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