「あったること物語」 5 ひとだま
ひとだま
おしょうろうさんをみんなで見送った日の夜でした。
明日は、私たち家族も 家に戻らなくてはなりません。
次に いとこ達と会えるのはお正月。心の端っこを、少し つねられるような寂しさがあります。
夕食をすませると、土間の台所で 女の人たちがお椀やお皿の洗い物をしていました。水の匂いと、お客さん用の、薄く上等な磁器のお茶碗のかちゃかちゃ言う音が心地よいです。
私も母の側にいて、古いかまどや、タイル張りの大きな流し場。古くさいにおいのする漬け物樽など、珍しいものがたくさんある広々とした台所を 飽きずに遊び回っていました。
その時に、叔母さんが思い出し話をしてくれたものです。
やたらとトンボの飛び回る、何年か前のお盆だったそうです。送り火を済ませて、やはり今のように 台所で片付け仕事をしていた時。
その日はとても蒸し暑くて、蚊の入るのもかまわず、富の口を開けっ放しで水仕事をしていたそうです。
すると戸口から見える夜空に、ひゅるひゅるひゅると、長く尾を引く光がひとつ。裏の家の屋根のほうへと飛んで行くのが見えました。
裏の家と言っても田舎ですから、広大な水田が広がっていて、隣や裏の家まで 軽く百メートル以上離れています。
「あれ、お盆の花火って、空を飛び回るっけ?」
小さな星のまたたく間を、まるで意志を持ってさまようようだったと叔母は物語りました。
綿をちぎったような光が ひゅるひゅると 飛び回るのだそうです。
すぐに、姑である私の祖母に 伝えたそうですが、そんなものがある訳がないと否定されたそうです。
叔母は、あれは人魂に違いないと言いました。
ちょうど 裏の家では、お年寄りが亡くなったばかりで、その夏が新盆だったのだそうです。
新盆とは、亡くなって 最初に来るお盆のことです。
「本当は、ご先祖さん達と一緒に あの世へ戻らんといかんやったのに、なんか心残りがあって、お盆過ぎても居残りんさったかねぇ……。」
叔母の言葉を聞いて思いました。もし私だったら、あの世なんかより、家族のいる家にいる方がずっといいって。死んでも、みんなとずっと一緒にいたいって。みんな、そうなんじゃないかなと……。
私は母に そのことを伝えました。
すると母は 私の目をのぞき込みながら言うのです。
「そうだね、その通りだね。でもね、安ちゃん。ちゃんと成仏をしなきゃいけないの。そうしないと、もし、生き残った お姉ちゃんばっかり 美味しい物食べたり、きれいな服を着てたりしたら、あんたはどう思う?大きくなって、進学して大人になったりするのが 羨ましくて羨ましくて、そしたら、仲の良い家族の魂も 恨み辛みやねたみ心で ゆがんでくるの。祟ったりするの。」
母が 何を言っているのか分かりませんでした。
私が、お姉ちゃんを祟ったりする訳ないと驚きました。
……自分が そんな風になるなんて。
『あの、玄関の人みたいになるってことだろうか……?』
私だけが知る、あの ドレスを着た人。
「ちゃんと成仏したらね、新しい命として また生まれ変われるとよ……。」
母は 、私の目の中に まるで誰かを探すようにしてそう言いました。
©︎2023.Anju
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