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夜行性の大学 ーはじまりー

真っ暗闇に響く詩

猫目の諸君。
闇に光を見る夜行性の諸君、ようこそ。
集合場所は、こちらです。



”猫”の闇と光


「生まれてきてくれて、ありがとう。」 

ずっと、そう言われたかった。

でも、それを言われたら、
安堵でその場で倒れて、死んだように眠るかもしれない。

私には、その先がなかった。


生まれてきて、気がついた時には、「奴隷」と呼ばれ、
産んだ人間に、殴り蹴られ、毒味役や実験台にされていた。
「自由になるなど許さない」。
監視され、搾取され、逃げられないよう、周りの人間にウソを撒かれた。
心の家族として、密かに育てた小さな命は、皆殺された。

誰も知らない。私を。


けれど、私は生き残った。

何故?

私の命はどこに向かっている?


茶釜が煮えたぎる、音。
臍はいつも茶を沸かしている。

茶を分け合う友はいない。分かってる。
だけど、この音に合わせて、地団駄踏む様に歩んでくるしかなかった。
そんな力しか、残っていなかった。

茶釜の音は私を蝕んだ。
とある年末、極寒の中倒れた私は、そのまま一人、動けなくなった。


年明け、俄に世間が騒がしくなった。

「だから何?」

腹で鳴り響く叫換の方が、まだうるさかった。
世間の騒ぎが、遠く小さく聞こえた。


3月、街に静寂が訪れた。

「聞こえない・・。」

これまで止むことのなかった、
殺し合うような、腹の音。

人に取り憑き、人間社会を一時停止させた小さな虫達。
彼らは、私の怒号を見事に連れ去った。

蔓延する「怒り」を、目敏く吸い取り援軍とする。

彼らは、自らの出自を分かっている。
自分が何者なのかを。
何をするために生まれてきたのかを。


生きなければ。

彼らと同じ道は選べない。

私は私で、生きなければ。


私は、何故生き残った?
私の命はどこに向かっている?


東京都心、私の故郷は、重なりすぎる「開発」の下消滅していた。
ただ、お盆の数日と、年始の数日のみ、人が捌けた静寂の中にだけ、
その面影が立ち現れる。
私の居場所は、蜃気楼のように儚かった。


2020年3月、私の故郷は、確かな形でそこに蘇っていた。

毎日歩き回った。
静かだった。
初めて味わう安堵。
だけど、その場で泣き崩れたりしない。
その次も、その先も知りたかった。

風の音は、花々の唄に気づかせる。
花々の唄は、鳥の囀りを呼んでいる。
草は鳴り、雲は唸った。
星々の光は、溢れる音をさらに響かせた。
触れるもの全て、一つの楽曲だった。

全てがあまりに美しかった。
言葉もなく、ただただ毎日、聴きに出かけた。
雨の日も楽しかった。


ある時、新しい音が聞こえ始めた。

植物や空とはちょっと違う、どこか懐かしい、一つの音。


ふと、胸に手を当てる。

私の中に、その音があった。
私を包む、彼らの楽曲の一音として鳴っていた。

胸に手を当てる。

初めて知った。

この音は私の中に鳴ってきた。

きっと、これまでも。ずっと。


生まれた時に、私がたった一つ持ってきた、音楽。


煮えたぎるのが仕事だった腹の茶釜が、狸に化けた。

私が生まれ持ってきた音楽は、そんなに愉快だったのか?
私は、こんなにも明るい「音」だったのか。

鳴らしていたい。

響き合う鼓動を探しに行く。


静寂を得た私の故郷は、
母なる全て、父なる全てを、私に伝えた。

「母」とも「父」とも出会う事はなく、一人生きてきた。
その人間が、今、自分の母になり、そして、父になる。

生まれ出た子が、茶釜の狸だったのには、ビックリだ。

この愉快さは、分け合わなければならない。
誰かの腹が笑えば、伝染して流行る。

この明るさは、分け合わなければならない。
灯火は、分けるほどに明るくなる。


「生きろ、生きろ、どんどんやれ!」

「生きろ、生きろ、思いっきりやれ!」

「いいぞ、いいぞ、どんどんやれ!」


この世界は、私が生きることをとっくに承認していた。

全てが生きることを、当たり前に許していた。


この声は、私の鼓動。
この声は、私の命。


「生まれてきてくれて、ありがとう。」

誰かが、今日も生まれているのなら、
誰かが、今日もう一度、新しく生まれ得るのなら、


皆、生きろ。生きろ。どんどんやれ!

皆、生きろ。生きろ。思いきりやれ!

いいぞ、いいぞ。どんどんやれ!



「夜行性の大学」、開講。
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illustration by NEKO Shiroi

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