魔女の宅急便@ほぼ全画面分析その15
ストーリーやテーマに注目するのではなくて、アニメの【表現そのもの】を見据えます。
そういう試み=「アニメの・てにをは」は、『魔女の宅急便』編のその15をお送りします。
前回はこちら
【359】
気球が上空へ【引っ張る】力が作画としてダイナミックに描かれていますね。
【360】
『てにをは論者』としては、この引っ張り上げられる運動が、まさに【斜め奥】方向へ【軌道を描いている】ことに気づきます。
【361】我を忘れてトンボを救いに行くキキ。先の暴風で散らばった落ち葉に足をとられる。細かい描写ですが、【気候】すら表現の糧にしてしまう宮崎駿はまさに『表現者としてのエコロジスト(環境主義者)』と言えます。
【362】
落ち葉を踏みつけながら走っていくキキ。暴風という『設定』が細部までよく染みわたっています。歩道はやや【斜め奥】。並木が歩道に落とす木陰が目に美しいです。
【363】
気球を見物するために『城壁の内部』をくぐって、『下の穴から上の穴へと』出てくる。
こんな細部どうでもいいのに、凝っていますね。
『ひらべったい』はずの絵が、『内部空間すら想起させる仕掛け』として見せてくれます。天才的。
【364】
気球のさらに上空から見た、トンボと街の様子。
車、歩道のひとごみ。こまかく描かれています。
気球が影になって車道や緑地を『陰らせて』いますね。これは『半露出』という撮影技法を使っていますね。ググってみてください。
【365】
つかまった綱から徐々に下方へずり落ちていくトンボ。
気球船からは艦長らしきひとが、メガホンでエールを送ってますが、あの艦艇は窓にガラスがはまっていないのでしょうか。船長の足が危うげに窓枠に踏ん張っています。
【366】
ふんばるトンボですが、綱から手がすべってしまいます。
緊迫感あふれる場面ですが、背景を見てみましょう。
トンボの左後ろの塔型の建築物だけ、背景全体の動きとは別の速度で移動しています。
背景の一部が『ブック処理』されているのです。
【366~2】つまり【街全体~背景①】と【塔型建築~背景②】とが別々に描かれて、撮影の段階で違う速度で移動させて撮影することで、空間に奥行きが生まれるというわけです。
こんな緊迫した場面でも、細部への配慮が行きわたっています。
【367】
トンボがロープの端のパトカーにぶつかって、パトカーはフェンダーだけ残して落下する。
『てにをは』でもなんでもないですね。超微速度に鑑賞してるだけですな。
【368】
落下するパトカー。
具合よくパティオの池?に落ちて水しぶき。
この独特な『水の処理』は、のちのち『ポニョ』で全開されるのですね。パトカーの回転灯が青く光っているのは『透過光』という撮影効果です。
『透過光』もフィルムのA部からB部までを二回撮影し直すわけです。
一回は普通の光景を。二回目は黒いフィルムにパトカーのライト部分だけ穴を開けて・カメラに向けて光を通すようにして撮影をします。
『透過光』が面白いのは、撮影素材ではなくて物理的な自然現象を使ってること。
もちろんアナログアニメ時代、セルと背景を組み合わせて撮影するとき、素材とカメラの間には『物理的空気・エーテル』が映っていたのですが。
でもその『エーテル』は過度に映ってはいけなかった。
だから『エーテル(物理的自然現象)』を使う『透過光』というのは、なかなか興味深い。
【369】走り続けていたキキ。少年に追い抜かされるほど走り疲れているキキ。
別にここで少年を入れ込む細部はなくてもいいはず。そしてこの坂道加減。
この坂道をくだるとき/のぼるときで、物語の構造が見えるかもしれませんが私はそれをしません。
【370】
坂道を走ってのぼるキキを横からカメラはとらえます。
坂なので、背後の背景は『斜め下』方向へと移動していきます。
撮影台を時計状にやや回転させて、背景をスライドさせるように『一応、手間どる』ことをやっています。
【371】
坂道を走った先が大通りのT字路です。
方向は『斜め奥』。
静止画ではわかりませんが、先の左右を走る車道を一台車が通りすぎます。
そのとき【斜め手前から・斜め奥へ】運動するキキと、自動車とが『想像上で・運動が交叉している』、という説明で伝わりますかね?
【372】
表通りに出たキキはちょうど気球が縦に傾いて浮遊しているのに出くわします。この表通りが凝りに凝った『斜め奥』ですね。
【373】
停まって気球の行方を見ているドライバーさんにラジオの中継を聞くキキ。
車内がセルで表現されているし、車の外も(セルで描かれた)ひとで充満しているので、画面の『セル占有率』が高くなって、そうです。『全セル』状態に近くなって、画面に躍動感が生まれています。
【374】ここは群衆シーンとしても作画上の作業が大変だったと思うのですが、『魔女』のこのシーンで特徴的なのは『人と人とが接触する』瞬間が多いですよね。人体がぶつかったときの『ぐにゃ』っとした感じが何度も登場して面白いですね。
【375】限界がきているけれど、ぐっと気合いをいれて走り続けるキキ。
『魔女』って、ひと区切りの動きのなかで多彩な表情を混ぜる局面が、とても多いですよね。宮崎さんの意向だったのか、作画監督の誰かの狙いだったのか…?
【376】
キキの走りを横から。今度は通常の水平方向で背景物がスライドされています。
手前のガヤ(群衆)と奥のガヤ(群衆)とで、スライドの速度を変えているので、空間の立体性が生まれていますね。
さっきのトンボの背後の塔と同じ理屈です。
【377】
消防車の頭のライトが、これも『透過光』です。しかも回転させている。細かい。
【378】
ようやくデッキブラシ、登場しましたね。
なぜか道端には何本もの吸い殻が。世相でしょうか?
ここからやっとクライマックスですね。
【379】
デッキブラシに偶然出会ってホウキがわりにキキがこれから飛ぼうとしています。
いやあ、いま簡単に予習してましたが、どれだけのことが言えるのか、正直自信がありません。
では、いきましょう。
【380】
さきほども、ちょっと言いましたが、『魔女』はひとつながりの動作のなかに、微細で多彩なニュアンスをたっぷり込める。
この『飛ぼうとする』ときの息づかいの演技。
【382】
周囲の街のひとびとも、何事かとキキに注意を呼び起こされて彼女を見つめます。
飛ぶことへ集中しているキキへカメラがズームイン。
彼女はゆっくり背を屈めて、飛ぶ態勢へと身構えます。
背筋の変化に注目しましょう。
【383】
キキにアップ。尋常でない集中力が極まるように、顔や表情が小刻みに揺れつつ・変化していく。
髪の毛もぞわぞわっと動くのは、宮崎アニメお得意の記号的表現。
【384】
動画で見ないといまひとつ分かりにくいと思いますが、キキの集中力は後頭部の髪の毛が総毛立つように反り返っていきます。
【385】
宮崎アニメのヒロインが緊張・集中するときに起きる、髪の毛の総毛立ち。
しかし本人の総毛立ちとシンクロするようにモノ(デッキブラシ)も総毛立ちするケースは珍しいのではないでしょうか?
【386~①】飛びます。
まずはスカートが揺らぎ始めます。そして周囲の紙クズごみが同心円状に四方へと撒き散らされていきます。
宮崎アニメにあってですら、こんなに『飛ぶ・かもしれない』瞬間に特化して見せる場面があったでしょうか?
【386~②】それから、これは動画で見ないとわかりませんが、キキが地面に置いた足が『ガクガク』と小刻みに揺れています。同じ原画を、わざと小刻みに位置をずらして描いているようにも見えますが、撮影の段階でずれを生み出しているかもしれません。
これも『飛ぶ・前兆』を表現しています。
【386~③】それから同時に、足元から放射状にひろがる土埃。
『特効(特殊効果)』の手による、エアブラシでの動画表現。
【386~④】そして飛びはじめます。
注目ポイントは、浮き上がる足裏。
地面に接していた足が宙に浮いていきます。
上昇表現は『ただのスライド』。『作用/反作用の表現』はあえて付加されていません。
【386~⑤】ここで驚かされるのが、スカートの裾のゆらぎは『繰り返し』表現によってなされていることですね。『全作画』じゃない。
これは『効率・省略化』のためというより、『規則性』を表現したかったんじゃないでしょうかね。
【387】
カット切り替わってところでも、裾のひるがえりは『送り・繰り返し』で表現されていますね。
【388】飛びましたね。
さあ、ここからは私の理論の独擅場=『飛ぶことの・作用/反作用』のオンパレードです。
宮崎アニメの『飛行シーン』はいつだって、重力に逆らう『作用/反作用の葛藤』のなかで為される、『不安定』な営みなのです。
【389】キキはいま、何重にも『飛ぶことの困難さ』と戦いながら『飛んで・います』。
①本調子でない自分の飛行能力。
②慣れないデッキブラシ
③狭い街路の間を縫うように飛び跳ねる
④そして重力との闘い
それら複雑な『作用/反作用』の動きを、一気に見せる。
【390~①】
建物の頂上部を跳ねると、そのままキキの動きをカメラは追い、すぱっと視野が広くなります。
ここは標準的な寸法の背景ではなく、いわゆる『長セル』を効果的に使っていますね。
思わぬ屋上にひとが映りこんでいてユーモラス。
さらに飛んで、長セルも視野をさらに開いたかと思うと、ストーリーの急所=風に流された気球が視界に入ってきます。
ここは見事ですね。
①キキの運動
②トンボの気球
この2つの運動が視界のなかにひとつに結ばれる。
これも『運動の複数性』。
【391】
ひょっと気球が見えたかと思った瞬間に、もう別カットが移っていて、いさぎよい演出ですね。
あの、コンマ0.5秒の気球の映り込みだけで、十分だという演出的判断。
【392】
カット変わって、遠くを飛んでいたキキがカメラの方へと急接近する。
操縦の慣れないデッキブラシのために、不安定に回転しながら飛んでいること自体が、美的・運動的な面白さを加味していますね。
フィクションにおいてカメラ『映え』する効果って、よく考えると不思議ですよね。
【393】
相変わらず操縦がうまくいかないキキ。トンボを助けようとする行為に、『うまく操れないデッキブラシ』という余計な設定が生きていて、『飛べるかな?飛べないかな?』という宮崎アニメ特有の『飛行の不自由さ』が面白く見せてくれますね。
さて、このへんで「その15」を終わりにします。
ついに次回「その16」は最終回になります。
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