魔女の宅急便@ほぼ全画面分析その11
ストーリーやテーマのことはつぶやきません。
ただ『アニメの・表現』だけに注目します。
そういう試みが『魔女の宅急便@(ほぼ)全画面分析』、その11になります。
前回にもどりたい方はこちら。
【241】飛行機自転車(?)に乗って、海岸に不時着した飛行船を観に行くことになったふたり。
ここでもわたしが注目するのは、L字型に(90度の角度で)人物が配置され・視線が交錯するポイントです。
これは演出的に・向かい合う『単調さ』を避けるためでもありますね。
【242】もう、この『アニメの・てにをは』の視点で『魔女の宅急便』を視るにあたって独自の注目点になってしまった『キキの腰まわり』。
宮崎アニメでもヒロインにここまで腰(お尻というより)を強調された例はあったでしょうか?
【243】人力飛行機自転車で出発。
あらためて振り返ると、トンボって存在は【自転車とセット】な存在ですよね。
初めからトンボは【自転車に乗りながら・空を飛ぶキキに憧れた存在】だったのですよね。
いま【自転車・空】が一体化したアイテムを獲得。
【244】トンボの人力飛行機自転車の後部座席にキキは座り、支えて・足で押して・足を浮かして。
このキキの、感情のニュアンス豊かな表情の変遷。
ほんとに1~2秒の間に見せる表情の変化なのですが、トンボとキキの心の距離が近くなるのを、見ている者は感じ取っていますよね。
【245】人力飛行機自転車のプロペラからの風を受けてキキのリボンとスカートの裾がやわらかにひるがえっているんです。
前面に出て声高に主張する動きではないですが、こういうのこそ『エフェクト作画』の醍醐味なんじゃないのかな?と思ってしまいますが。
【247】出ました。わたしの分析の定番ですが、『両側を壁ではさまれた・斜め奥の構図/逆構図』ですね。
とても軽快なカット割り。
【248】指摘し忘れていました。ここ空間が【3層構造】になっていますね。
①手前~道
②中間~(見えない)坂道
③奥~海岸
【249】カメラの手前から現れて、前進しながらカメラから遠ざかっていくこの構図、『ラピュタ』のこのシーンとまったく同じですね。
こういうアクションのカット割りを、ここぞというところで宮崎駿は使ってきますね。
【250】このトンボ自転車のくだりはとても解放感あふれるシーンだと思うのですが、このカットの場合、道路やフェンスが『背景動画』になっていて、さらに背後の海と雲でぺたーっとしているので、あたかも『全セル』であるかのような、『全セル感』あふれれるカットになっていますね。
【252】同じ道路を【並行して・走る】自転車と車。
【運動が複数に行き交っている】様ですね。車のなかの子どもたちがトンボたちを応援する。
宮崎アニメにとって【運動の複数性】はたいていサスペンスで使われるので、こんな『牧歌的な運動の複数性』も珍しいですね。
【253】こうやって静止画にして視ると面白いですよね。プロペラがゆらめいて・動いています。
そしてプロペラは半透明になっていて、トンボやキキの顔が透けて見えています。【ダブラシ】(二重露光の仕組み)の撮影効果ですね。
【255】横一直線の進路かと思いきや、道が湾曲して『空間的に・斜め奥へと』立体性を出してきてますね。
こういう空間造形をつくるとなると、宮崎駿さんはアニメの世界でも追随を許さない、オリジナルな創造性がダイレクトに爆発しているのが伝わってきますね。
【256】対向車が走ってきて、キキの空飛ぶ能力が発揮される。
ここは誰だって『カリオストロの城』のこのシーンを思い浮かべますよね。
【257】飛んでいる。というより、【浮いています】ね。
『魔女の宅急便』は【派手に飛ぶスペクタクル】で魅せるアニメではないですね。
もっと繊細な、【重力の作用と、その重力に拮抗する飛ぶという反作用の拮抗】を丁寧に見せるアニメだと思うのです。
【258】トンボの自転車が落下して着地。
ウソなんですが、フィクションなんですが、地面にバウンドさせる【作用と反作用の力感】はうまく伝わっていますね。
着地した両脇に、避暑の日光浴のひとを配することで『ここはギャグですよ』とアピールしてますね。
【259】ここも【斜面】を活かした【3層構造】を設定していますね。
①手前の芝生
②中間~見えない斜面
③奥の平原
あらためて確認しておけば、宮崎アニメで頻出する3層構造とは、『空間に立体的な奥行きを作りだす』ための仕掛けなのでした。
【260】緊張から解放されて笑い出すキキ。
1カットの中での、この表情の変化の多様さ。
こういうのこそ本当に、力のあるアニメーターが設計したんだな、と思わされます。
【261】トンボとキキの自転車騒動がひと段落して、岸辺の『波の演技』。
東映動画時代から研究されつくした『水の動き』の成果がここにも。
【262】アニメのたくさんある課題のひとつ=『モノのデカさ(スケール感)』を提示する構図の巧みさ。
【263】これも『3層構造』で画面が出来ていますね。
①手前~プロペラ
②中間~ふたりの後ろ姿
③奥~波
ただの会話シーンを画面的に支えるように、役を終えたプロペラ【手前】と、【奥】の波の演技がひきたてています。
【264】キキとトンボがいいかんじになっていたところに闖入する、トンボの不良仲間たち。
車が【斜め奥の構図】で奥行き感を出しながら画面に登場。
気球船の【スケール感】と対比させつつ。
【265】ここも【3層】に画面が設定されて立体感を与えていますね。
【手前~キキとトンボ(とプロペラ)】
【中間~不良仲間のおんぼろ自動車】
【奥~街並みの背景】。
【266】不良仲間に呼ばれて行ってしまうトンボを見ているキキ。
トンボに心を許したはずのキキの、また強情な面が、表情として端的に表現されていますね。
『眉の線の微細な変化』で、その心境の変化を見せてくれます。
【267】波がしらの演技が、構図のとり方に応じて変化して描き分けされていますね。
【268】不良友達の登場で、ふたたびトンボにかたくなになって分かれてしまうキキ。
飛びながら移動していたキキが、遠い距離を『ただ・歩いている』というだけで、珍しい・何か変化を予見させるシーンですね。
【269】トンボを邪険にしたことを後悔しているキキ。
ジジはこのとき、もう普通のネコの造形になっています。
物語の節目になるシーンですね。
この箇所の【意味的な・解釈】はさまざまにあります。その解釈は皆さんにおまかせします。
【270】このあとにキキは『飛べなくなっている』。
同時にジジも『言葉を話さなくなっている』。
この変化を【キキの・初潮説】を唱える評論家もいますね。
一方でジジの【成人化=異性との交流】も提示されていますね。
キキとジジ、両方の変化が起こっています。
このあとから物語は終盤へと向かっていきます。
(ほぼ)全画面分析の「その11」はこのへんで。
「その12」でまたお会いしましょう。
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