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美少年は聖者となった

先日「川越スカラ座」に『ミッドサマー』(2019年・アメリカ)を観に行った時、直前の上映作品は『世界で一番美しい少年』(2021年・スウェーデン)だった。ぼくはこのプログラム編成に思わず唸ってしまった。この二つの映画作品には、ひとりの俳優が共通して出演しており、『世界で…』は、そのデビュー作にまつわる狂熱を描いたドキュメンタリー作品であり、『ミッドサマー』はその男優が50年ぶりにスクリーン復帰した作品だったのだ。その男優の名前はビョルン・アンドレセン。デビュー作はトーマス・マンを原作とする『ベニスに死す』(1971年・伊仏米合作)で、監督は巨匠の名を欲しいままにしたルキノ・ヴィスコンティである。

そしてこのデビュー作で、全世界に引き起こされたある熱狂的な波は取り分けこの日本に於いてすさまじいものであったらしい。ビョルンは、日本に招聘されCMに出演し、日本語で歌を歌わされレコードを発売した。ビョルンはこの一作でアイドルとなり、当時の若き女性たちに熱狂的に受け入れられ理想の「美少年」、白馬に乗った王子さま役をやらされたのだ。このドキュメンタリーにも登場するが、少女マンガ家池田理代子は50年たって初めてビョルンに逢い、『ベルサイユのばら』のオスカルの姿をビョルンをモデルにして作画したことを告白する。そのあたりの事情は池田だけではなかったろう。BL作品のルーツイメージにはビョルン・アンドレセンが存在するのは確かだろう。それだけイメージの上でも『ベニスに死す』のタジオ役はホモセクシュアルを公言していたヴィスコンティが構想した、マーラーをモデルにした老作曲家(マンの原作では老作家)の晩年の胸を焦がした美少年像だけにとどまらず、日本女性が憧れてやまない美少年(両性具有的美)の具現化でもあったからだ。

ビョルン自身は15歳で得たその名声と人気に結局は自分を見失ってしまったらしい。長くファンの前に姿を見せることはなく、2020年『ミッドサマー』の中で崖から自分の意思で飛び降りる白髪蓬髪の老人として立ち現れる。タジオの肉体の上にも時間は流れ、タジオは彼に恋焦がれる老作曲家に乗り移ったかのようにありのままの老いた姿でスクリーンに帰ってくるのだ。
老いは没落だろうか?そんなことはあるまい。ビョルンは美少年タジオの姿を二重に重ねて、まるで聖人のような姿でスクリーンに映し出されたのだ。

「世界で一番美しい少年」(ヴィスコンティが呼んだ呼称。ビョルンの別名になって彼を苦しめた)は、聖者のような老人となった。

(4月11日2022年下高井戸シネマで鑑賞す)

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