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映画、本、演劇、音楽について ぽつりぽつりと

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最近の記事

「石がある」――無意味であることの意味――

「石がある」監督/太田達成、出演/小川あん、加納土 @ポレポレ東中野 仕事で郊外を訪れた女は、川の向こう岸で水切りをする男を見かける。女の存在に気付いた男は、服が濡れるのも厭わず川を渡る。野生の熊のように大柄なその男は、どことなく怪しげだ。突然のことに戸惑う女。こちら側に辿り着いた男は、女に水切りを教える。女の投げる石は、ぽちゃんと水底に落ちるだけで、なかなか上手くいかない。女は角の取れた丸い石を見つけて拾うが、男は誤ってそれを投げてしまう。「あ、ごめんなさい。探します」男

    • 映画「ナミビアの砂漠」――走っても走っても、何処へも行けない私――(ネタバレ含む)

      話題の映画「ナミビアの砂漠」を観た。監督は27歳の新鋭、山中瑶子。2024年無双状態の河合優実を主演に、金子大地、寛一郎、中島歩、唐田えりからが脇を固める。 脱毛サロンで働く21歳のカナ(河合優実)。同棲中の恋人、ホンダ(寛一郎)は、まめまめしく家事をこなし、手作り料理を振る舞ってくれるが、カナにはもう一人付き合っている男、ハヤシ(金子大地)がいる。やがてカナはクリエイターのハヤシに乗り換え、一緒に暮らしはじめる。彼の引っ越し荷物(それも、スーパーや引っ越し業者から貰う段ボ

      • 北海道旅行〜札幌・寺山修司資料館

        サンサンとかいう台風の影響で、当初の予定をずらして北海道へと向かった。幸い、暴風雨に見舞われることもなく、飛行機や電車も通常通り運行し、無事に北の街へと辿り着いた。 旅の第一の目的は、札幌の寺山修司資料館である。地下鉄発寒南駅からタクシーで5分ほど、川べりに佇む小さなギャラリー。ここには、寺山修司の友人である山形健次郎氏が収集した、寺山からの書簡・天井棧敷のポスター・関連書籍・映像作品などが数多く展示されている。 青森高校時代、寺山は「老人の玩具から不条理な小市民たちの信

        • シャンタル・アケルマン「私、あなた、彼、彼女」(1974)

          シャンタル・アケルマンが監督を務めた映画「私、あなた、彼、彼女」は、撮影当時24歳の彼女によるセルフポートレート的作品である。原題:Je, tu, il, elle (1974) 殆ど家具のない無機質な部屋で、一人の女=“私”がマットレスの位置を変えて寝転ぶ。誰かに向けて手紙をしたため、スプーンで砂糖を貪り食う。無意味とも思える行為が延々と反復され、女はモノローグを繰り返す。やがて女は雑音の入り混じる街へ繰り出し、トラックをヒッチハイクする。“彼”との短い旅を終えたあとは、

        「石がある」――無意味であることの意味――

        • 映画「ナミビアの砂漠」――走っても走っても、何処へも行けない私――(ネタバレ含む)

        • 北海道旅行〜札幌・寺山修司資料館

        • シャンタル・アケルマン「私、あなた、彼、彼女」(1974)

          ピエロ・スキヴァザッパ「男女残酷物語/サソリ決戦」

          映画「男女残酷物語/サソリ決戦」(監督・脚本/ピエロ・スキヴァザッパ、美術/フランチェスコ・クッピーニ、音楽/ステルヴィオ・チプリアーニ、1969) 原題:FEMINA RIDENS ※監督名は、シヴァザッパとも表記される 1960年代のイタリア。男性の不妊治療を提唱するジャーナリスト・メアリー(ダグマー・ラッサンダー)は、取材のために慈善団体の幹部であるセイヤー(フィリップ・ルロワ)を訪れるが、そのまま拉致監禁される。セイヤーは男性の不妊治療には否定的であり、フェミニズム

          ピエロ・スキヴァザッパ「男女残酷物語/サソリ決戦」

          映画「ブンミおじさんの森」

          アピチャッポン・ウィーラセタクン (アピチャートポン・ウィーラセータクンとも表記される)「ブンミおじさんの森」(原題 Uncle Boonmee Who Can Recall His Past Lives, 2010) 第63回カンヌ映画祭にて、パルム・ドール受賞。 タイ東北部の村。腎臓病を患い、死期を悟ったブンミおじさんの前に、19年前に亡くなった妻と、長年行方不明だった息子が現れる。未知の生物に魅せられた息子は、毛むくじゃらの猿の精霊と化していた。余命幾ばくもないブンミ

          映画「ブンミおじさんの森」

          死鳥

          潮騒は微かに 死の匂いを孕み 廃物の集積した砂浜に 流れ寄る 鳥の屍 絶命した瞬間 その眼球に映された 空の色が  海を浸し 羽を濡らした死鳥は再び 時のない波を漂う

          プールを漂うクラゲ

          白熱灯がちかちかと点滅する真夜中のプールに、一匹の小さなクラゲが棲んでいました。このプールがある街は、数十年前に放射能の雨が降り注いで以来、人間の気配も消滅し、すっかり廃墟と化しました。今では鉱物の摩天楼が、沈黙しながらそびえ立っています。風が吹けば、プールの水面は絹のカーテンのように揺れ、雨が降れば、その度に違う音楽が奏でられました。街の片隅のプールで、クラゲは静かに漂っていました。真夜中になると、クラゲはいつも水の上を見上げます。ぼんやりとゆらめく大きな月。今夜は満月です

          プールを漂うクラゲ

          映画「生きて、生きて、生きろ。」

          ドキュメンタリー映画「生きて、生きて、生きろ。」(監督/島田陽磨) @ポレポレ東中野 「まだ」13年。東日本大震災と原発事故の影響により、被災地福島では、鬱やPTSD、サバイバーズギルトといった心の病が多発していた。相馬市のメンタルクリニックで院長を務める蟻塚亮二は、心の不調を訴える患者を日々診察している。こころのケアセンターの米倉一磨も自宅訪問を行い、被災者のサポートに取り組んでいる。津波で夫を亡くしたことで遅発性PTSDに苦しむ女性や、避難先で息子が自死したことをきっかけ

          映画「生きて、生きて、生きろ。」

          ニナ・メンケス「マグダレーナ・ヴィラガ」(1986)

          「マグダレーナ・ヴィラガ」(1986)監督・脚本/ニナ・メンケス ヒューマントラストシネマ渋谷で観て以来、ずっとこの作品のことを考え続けている。彼女の作品を観るのは初めてで、数ヶ月前までは名前さえ知らなかった。 煌びやかなダンスホール、男を殺した容疑で娼婦アイダが連行される。血の繋がらない姉妹クレアだけが、警察に追い立てられる彼女を見つめる。アイダは無罪を主張するものの聞き入れられず、牢屋にぶち込まれる。時間軸は交錯し、出来事は反復しながらもずれていく。 本作品において特

          ニナ・メンケス「マグダレーナ・ヴィラガ」(1986)

          ピエタ

          ジャムを煮る祖父の背後に蒼き死神 本棚の奥に隠せし父の遺灰     過ぎ去りし日々レコードの針は錆 父、失踪:普段はつけぬコロンをつけて 幼女(おさなご)の母の唄いし葬列の唄

          ピエタ

          俳句:レモンの追憶

          八月の砂に埋もれし父の声 檸檬齧る娘は白き寝台の上 亡き父の眼球を裂く地平線 道化師の父の輪郭溶ける夜 父を撃つ遥か彼方の星に穴

          俳句:レモンの追憶

          架空のラジオ

          こんにちは、架空のラジオ、第一回目の放送です。 今回のテーマは、「今、私が一番届けたい曲」。都会の真ん中で枝に引っかかるビニール袋のように、あなたの心にも「何か」が引っかかれば幸いです。 一曲目は片岡鶴太郎の「スリラー温度〜ビートイット音頭」。ニッポン放送でOAされたラジオドラマ「マイケル・ジャクソン出世太閤記」(原案/小林信彦、脚本/藤井青銅、プロデュース/大瀧詠一)の挿入曲として使用されました。内容は、マイケル・ジャクソンがスターの座に登りつめるまでの過程を豊臣秀吉の出

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          同じ夢ばかり見る

          珍しく体調を崩し、ここ二週間ほど寝込んでいた。少し良くなったかな、と思ったものの、また症状が悪化したので、仕方なく今日も一日ベッドで過ごしていた。春の光に照らされた天井をぼんやりと眺めながら、咳をしても、熱が出ても、発作が起こっても一人なんだな、と考えた。先日、初めて受診した内科で「容態が急変したときのために、緊急連絡先を記入してください」と用紙を渡されたのだが、何処にもあてがないことに気づいた。私には助けを求められる家族や知人がいない。一人は、寂しい。 物心づいたときから

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          存在/非存在

          存在しない未来のことを取り留めもなく考えながら、影を喪失した〈彼〉を追いかけて色彩のない街へ辿り着いた。以前にも訪れたことがある灰色の街。高層ビルの衣擦れが、いつか存在したかもしれない過去を手繰り寄せる。蝉の抜け殻が電柱の傍らに落ちていた8月。突然雨が降り出して、そういえば「驟雨」という言葉を教えてくれたのは〈彼〉だった。目の前の古めかしい喫茶店に駆け込んだ。〈彼〉はエビピラフと珈琲を注文し、ラッキーストライクにライターの火を着けた。人生もラッキーストライキだったらいいのに、

          存在/非存在

          東京国立近代美術館 「中平卓馬 火―氾濫」 覚え書き

          東京国立近代美術館で開催中の「中平卓馬 火―氾濫」(2024.2.6〜4.7)。本企画展では、戦後日本において常にラディカルな姿勢を貫いた写真家・中平卓馬(1938〜2015) の〈理論と実践〉の軌跡が紹介されている。 出発期〜アレ・ブレ・ボケ 1964年、雑誌『現代の眼』編集者の中平は、東松照明の勧めにより、自らもグラビアページに写真を発表、翌年には出版社を辞し、本格的に写真家としての道を志す。中平の初期の活動の一つに挙げられるのが、雑誌『アサヒグラフ』の連載「街に戦場

          東京国立近代美術館 「中平卓馬 火―氾濫」 覚え書き