自分の中に潜む様々な質

私は、あの日下北沢にいた。

三角形をした白いレースの被り物を見つけた。
それはきれいなデザインだった。
繊細で儚げでかわいくて。

頭にスカーフを巻くようにかぶり、顎の下で結べるように
紐がついている。

この運命の出会いを果たす前に、予感はあった。

インスタグラムでちらっと目に入って
とても自分好みの女の子が身に着けていたので
思わずスクショしてしまっていたのだ。

真っ黒な長髪で、すこしふんわりとウエーブがかかっており
鎖骨よりも下のロングヘア。
そして色白で二重がぱっちりしていて
どこかメルヘンというか少女の面影を感じさせる。
顔は派手顔ではない。地味顔でもなく、素朴に近いというのか。
だけどかわいらしさとあどけなさがあって
きゅんとさせるような光がある。

私が昔から不思議に思う。
一目惚れするタイプの女の子。
そんな見た目である。

下北沢に出向くことで、この被り物を
見つけることができると思っていた。

なぜだろう、予感というものは当たるのだ。
直感が外れることはあまりない。

ふっと体が軽くなるような、スムーズな流れに
少ない重力で身を任せられるものは信じられる。

ああ、私はついに出会ってしまった。

一目惚れしてしまうような風貌の女の子が
身に着けていたその最高にかわいくて繊細なそのレースに。

フリーマーケットのような新商品を並べているような
私にはどのような商品を取り扱って並べられているのかまで
はっきりとは掴み切れていなかったけど
出会えるであろうそのレースが目の前に現れると思って
催し物の集団の中へと足を踏み入れた。

ほどなくしてめぐり逢い、すぐさま手に取った。
カラフルなもの、毛糸で編んでいるもの、と様々あったのだが
もうほとんど迷いなく手に入れたのはレースだった。

私の大好きな彼は、それを買おうとしていた。

「これからも身に着けてくれるの?」
そのように質問された気がするのだが、私は躊躇しなかった。
身に着けないわけがないのだ。

2回目のコロナにかかり、1回目とは違う皮膚疾患の後遺症を患い
ナチュラル志向に返り咲いていた私は
これから、髪もたくさん洗わないかもしれないし、なんなら
目立たない白髪は表にひょっこり現れないし
その日より前にたくさん抜いてしまった白髪がこれから生えてきても
被り物で隠していれば時間稼ぎできる。
できれば美容室も好きじゃないから行きたくないし、髪の毛を染める行為は
恐ろしいのでなるべく避けたかったので好都合。

むしろナチュラルな生活を継続させていくために
被らざるを得なかった。その選択肢しか私には考えられなかったのだ。

ウキウキしながら、レースを見つめる。
そして、催し物の会場を出てすぐさま身に着けた。

私はとてつもない幸福に満たされていた。

いつだったか、10年前くらいだろう。
いや、もっと前か。
下北沢に初めて来たのは、そうやはりその頃だろう。

おしゃれ上級者にとても憧れが強かった私だが
そのころの自分にはコーディネートのセンスというのか能力が
非常に低かったので、洋服をおしゃれに着こなすということが
とても難しかった。
10年間も洋服が好きでずっと、お小遣いは服に使ってきたので
ようやくおしゃれ上級者に近い存在にはなってきたと思っている。

こんな真知子巻きを楽しみながらのファッションなど
韓流アイドル達くらいかもしれない。
日本でも古着などの着こなしを紹介しているインスタのアカウントの中だとか、古着が大好きなモデルさんなんかが身に着けているのを
たまに見かけたレベルだから。

なんて幸せなことだろう。
好きなことにお金を使える幸せ。
衣・食・住
とあるが
これが最高水準で満たされることは、何よりも精神的な満足度につながる。

こだわりがなければ、着ることができれば・・・や、住めるところがあれば・・・食べられれば・・・となるかも知れない。
私はとくに着ることに一番気持ちが強く動くので、やはり
おしゃれは欠かせないのだと思う。
そして生き甲斐がなければ、仕事をして稼ぐ楽しみがなくなるだろう。
私の生きる喜びは、「おしゃれをする」、「新しい服を買う」
ということだったように思う。

それと同時に、「丁寧な暮らし」「スピリチュアルなどの神聖な世界」
も意識していた。

ここ数年はY2Kの流れもあったし、90年代を意識した
服装が若者たちの間でも流行していたので
その流れに沿って、私もそれらのファッションに魅せられていた。

そしていろいろと集めた。
どのようなものが似合い、似合わないのかも色々と試した。

下北沢でのレースの被り物を手に入れてからは
何日も身に着けていた。
レパートリーがいくつかないと、会社の人たちに
ずっと同じものをかぶっていると思われるとそれは
あまりよろしくないだろうと判断したのと
服装に合わせて被り物を変えていきたかったので
様々な柄や色見のものを選んで
レースを合わせて計12個、手元にそろえた。

それからしばらくは90年代ファッション(古着っぽかったり、またはストリートっぽい雰囲気のものだったり)+真知子巻き
のコーデを繰り返していた。

あれから半月が過ぎただろうか。
母親に90年代ファッションにハマる前に集めていた
ナチュラル志向の高い服を預けていたのだが、それを回収する日がやってくる。

素材は綿や麻、そしてデザインは昔の森ガールの片鱗を少し感じさせるような雰囲気のものだったり、華美ではないけれど少し気の利いた縫い目だったり、かわいらしい装飾のついたもの。

スピリチュアルに傾倒していた自分が蘇ってきた。

なんだろう。
私は、ふと人が変わったように服の系統が変わることが度々ある。
不思議な現象だ。

何かをきっかけにいつもスッとスイッチが入ってしまうのだから。

何かが乗り移っているのでは?と思うくらいだ。

前に憑依体質?とも感じられるような、コーディネートさんがいて
前日に映画の影響を受けたといって、普段とは180度違う
小物を身に着けて会社に出てきたことがあった。

小物も違えばそれは、全体を見回してもちょっと雰囲気が違っている。

そう。彼女はいろんなジャンルの服を好きだったし愛していた。
観賞用の服や小物も持っており、着れないけど飾っているアイテムが
家にたくさんあると言っていた。

彼女はとても感情の浮き沈みが激しく、人の心の動きに敏感で
非常に勘の鋭い人間だった。そして、地頭の良い・・・。

時折、心ここにあらずという感じで
どこかに行ってしまっているようだった。

別人になるスイッチがあった。そのきっかけもあった。
何か強いものの影響を受けると変わってしまうのだ。

私のこのファッションスタイルの変化も、彼女に似ている気がする。

影響を受けてガラッと変わってしまう。
そして、古いものを壊し、新しいものを生み出す。
あるいは古いものと新しものを融合する。
「破壊と創造」を楽しんでいるのか。

新しいものが生まれるとき、新しい道ができるとき
それは必ず「破壊と創造」の先に起こるものなのかも知れない。

病気になり後遺症を発症して2か月が過ぎた。
ようやく2か月半過ぎたところだろうか。
謎の皮膚のかゆみがおさまりつつある。
それでもなおまだかゆい。かゆくて掻いてしまう。

頭の中がまずはじめに「かゆい」という状況を脱して
まだ2週間は経っていない気がする。いや、今日でようやく2週間目か。

でもその痒みは一日の中で何度も起こる。
度合いがマシになっただけだ。
程度が落ち着くだけで随分ほかのことに集中できる。
「かゆい」というかゆみが常に意識と脳内言語の先頭にあると
ほかにやるべきことが常に二番手以降に回ってしまい
何をすればいいのか、何をしたいのか、何をしていきたいのか
という日常何気なくしている思考回路すらままならなくなるのだ。

後遺症を発症する前のころの自分に戻りつつある。
新しいことに取り組んでいこうとするモチベーションを持っている自分だ。
未来を想像して前に進んでいこうとするような・・・。

圧倒的な病の渦中にいると、それどころではない。
辛さに耐えること、やり過ごすこと、とにかく落ち着くまで
悪あがきをすること、などを繰り返す。

そこに未来軸を考える余裕はない。

すさまじい精神力と忍耐力があれば別かも知れない。
私はこの大きいか小さいか度合いは測れずとも
いつ治るのか不安なかゆみを抱えて
これ以上ひどくならないように、なるべくかゆみが起きないように
注意深く時を過ごしていた。

掻けば掻くほどヒスタミンは増量する。
わかってはいるけど、我慢できないときもある。
寝不足とイライラが重なるととても辛くなる。

ナチュラル志向に戻ってハーブティーを飲み
衣類は化繊をなるべく避けて、綿麻ばかり着るようになる。
そしてメイクはとても薄くなる。
部屋の片づけがより進むと、浄化したいという意識が高まる。

母も私も敏感肌。
衣類の縫い目や素材にも反応してかゆみを感じてしまう人種。

輪をかけて病気の後遺症による皮膚疾患。

ちりやほこりを溜めてダニなど生息させてはいけないのだ。
全滅させることは不可能だろうが、なるべく数を減らすことを意識して
生活しなければならない。
髪の毛や皮脂など布団や床に落ちるので、必ず掃除機をかけないといけない。拭き掃除もしないといけない。
棚やテーブルの上の掃除もしてピカピカにしないといけない。
布団も外に干して、なるべく日光消毒しないといけない。
そんなお部屋掃除に追われる人生。
そうでもしなければすぐにかゆくなるのだ。
更には乾燥肌。保湿もしないといけない。保湿をあまりしたくないとなると
お風呂で皮脂を落とすのが難しくなる。
お風呂に浸かってシャワーを流すのみなど。
でも石鹸の匂いは好きだし、きれいに洗えると気持ちもいいので
70パーセントだの80パーセントだのシャワーで流せば落ちるであろう
体の汚れも、気持ちよさという爽快さを得たいがために我慢できずに
清潔さを求めてしまうのだ。

皮膚の敏感さや水分量や皮脂量は人それぞれ。
自分の皮膚事情はしっかり把握して毎日の生活を送らなければ
ならないのだ。

そして、今は生理前だ。
寝不足はかゆみを誘発するのに眠れなくなる。

PMSとしてここ1年くらい前から現れ始めるようになったのが
不眠症だ。

生理の数日前、普段の自分では考えられないくらい
夜更かしが可能になってしまう。
早く寝てしっかり睡眠時間を確保したいのに、どうしても頭が冴えてしまうのだ。

反面、生理がくるとPMS前の自分では考えられないほど
日中も夜も一日中ずっと眠くなってしまう。

どちらかといえば覚醒しているタイプではない。
すぐ眠くなる方だ。

生理前の覚醒タイムのフィーバーは好きじゃない。

眠っているときの感覚を味わえないのは辛いのだ。
眠くなってすっと眠りの世界に没入できないと翌日の仕事に響くから。

ああ、どうやったら眠くなるだろうか。
まずは布団に入ることだろう。

おしゃれをしたい自分から、「かゆみ」を訴える自分。
生理前の覚醒をやめたい自分と、もう速攻寝てしまいたい自分。

いろんな欲求がわいたり、趣向が変わったり
目まぐるしい。
明日の自分はいったい何を身に着け、何を思考するだろう。
「明日は明日の風が吹く」

私は私が信じられなくなる。

旦那に一言いわれたセリフでひどい疑心暗鬼を起こし
挙句暴走モードに突入にイライラが爆発。
我慢できなくなり涙が止まらなくなる。

一旦落ち着くタイミングが来て、noteを更新。

くるくる色んな自分がやってきて忙しい。

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