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反旗の卒業設計

新作のペン入れもいよいよ終盤。

ペン画を始めて来年で10年、早い。


実はもともと僕は色鉛筆で絵を描いていた。


大学時代の卒業設計は全て制作だった。

所属していた研究室の先生は自由にやれせてくれる教授だったので最後だしオリジナルティを求めるなら「絵」思い、設計でなく絵を選んだ。


そして中間発表までに描いた絵が下の作品だ。

今見るとスピリチュアルな作風だと感じる。

内容は旧約聖書に登場するエデンの園の続編として描いた作品。

知恵の実を口にした人類は楽園を追放された。

そして人類は再び生命の実を求めてエデンに帰ってくるという設定で描いた。


これを卒業設計の中間発表で発表したところ、建築学科内で力のある教授から他の同期で同じく絵で卒業設計に挑んできたやつと比べられた挙句の果てに「あいつの作品はうまいが、姉咲の絵は下手くそだ」と晒し者にされた。

聖書がテーマだけにキリストがはりつけにされる気分で、中間発表後に先生に食ってかかった。


「教授、なんで下手と思うのですか?」


今考えると大人げなかった気がする。

そして言われた事は「うまいと思ってるだろうが私から見れば下手」などなど言われた。


ただ落ち込むどころか「絶対に最終発表でうまいと言わせてやる」と思い、今まで色鉛筆で描いてきたものを全て捨てた。


そして自分には何が合っているのかを考えた。

筆や絵の具は好きではない、色鉛筆はダメ、鉛筆も好きではないと考えた結果、ふとペンに手を伸ばし描いてみた。

その時に「これだ!!」と感じてただひたすらに描いた。

そして3週間ほどで三枚のイラストを描いた。

中間発表で描いたものとは全くイメージが違う、ダーク色が強い作風になった。

2010年は建築界では「かわいい建築の絵」が流行っていた。

僕の大学でも「かわいい建築の絵」の波は強かった。


なのであえて周りが流行りの「かわいい」ならこっちは「おぞましくそして闇なる建築」を掲げ、真っ向反対の作風で卒業設計の最終発表に挑み、発表したのが下記の作品になる。


中間発表で出したものとは印象が大きく違う。

黒一色で人物が一切出てこない。

研究室の先生からは「色は着けないの?」と言われたが「色をつける意味がない、だからつけない」と言って提出。

最終発表の結果は難題なテーマで難しいと言われた。


ただ結果は散々だっけど、このスタイルで9年近くやってきた。

色が着いた作品が全てではない、モノクロでも良いものはある。何より色をつける事が正解とは限らない。

作品の良し悪しは色をつける事で決まるのではなく、作品を作る上で重要なのは「何を思い」「何を考え」「何を伝えたいのか」の三つが重要になる。

これは制作する上での初期中の初期の考え方だ。この後にどうするかは製作者による。


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