Swinging Chandelier-9:まばたきの回路
Swinging Chandelier-9:まばたきの回路
森は陰になって、樹々もしんと黙ったようでいる。
その淵から、ひらけた場所を見ている。
小鳥が歌いながら飛ぶ、晴れた空の、そこ。
わたしは、見つける。
生まれた時は青い灰色。成長するごとに澄んで、銀灰色。やがて磨かれたように、白馬になる。
朝露がまだひそやかに残る草の上に、それは立っている。頸と脚とがほっそりとした、まだ青みの抜けない体躯。
それは若い、芦毛の馬。ぴんと耳を立てて、注意深く。けれど一度駆け出せば、何よりも速く走る。
並走するものがあった。
こちらは随分と大きい。額に白く線の入る黒鹿毛。丈夫な脚と、優しい目をしている。うんと速くはないけれど、力強い心臓でどこまでも走れる。
どうか泥濘や岩場に、その脚を取られぬように。
露を散らして二頭の馬が走る。丘の上まで。
その後ろ姿に駆け寄りたくなるのを堪えて、わたしは立ち止まる。伸ばしかけた手を自ら制止する。
じきに午後の日差しがくる。すべてを真っ直ぐ射抜いたあと、掻き鳴らすように朱く滲むあの光の一群。
光に染まった夏草のにおい。まるで全てが明らかになるような景色。
わたしはそこには行けない。
その心地よい草原は、わたしの踏み入れる場所ではない。
だからどうか、あなたたちは、走って。
どうか。
覆い繁る森の出口で二頭を見送って、振り返れば見つける、少女の目。メレンゲのお菓子みたいなドレスから覗く、同じくらい白い膝小僧。
陽の届ききらない濃い緑と、落ち葉が堆積してできた湿った地面の中に佇んで、少女は焦がれるような顔をする。走り去った芦毛を追いかけようと踏みだすが、結局立ち止まる。
少女の手には、黄金でできた馬銜。
あの芦毛の馬が欲しかったの?あなたには無理よ。あれには誰も乗れない。
意地悪く笑ってそう言おうとしたら、いつの間にか黄金の馬銜は口枷のようにわたしに噛まされて、喋ることができない。
「つかまえた」
背後から少女の、笑いを含んだ高い声が聞こえる。
力任せに手綱を引かれてわたしは倒れ込む。そのままのしかかられて、少女が身に纏った、膝丈の白いフリルが揺れている。視線を上げると、そこにはお菓子みたいに、甘やかな笑顔がある。
拘束を、押さえつけてくる少女の腕を、剥ぎ取ろうとわたしは暴れる。濡れた森の地面に髪や皮膚が浸されて、わたしの肘も太腿も頸も泥だらけになる。
馬銜のせいで息が苦しい。口の中に金属の味が広がる。
暴れていた泥だらけのわたしの指が、少女の顔に、掠めるようにぶつかった。少女はびくりとして動きを止め、泥が付いてしまった頬に自分の手のひらを当てて目を白黒させている。
「あ、」
と小さく叫び出しそうに開かれた口唇。
あはは。あなたもわたしと同じになった。
声を出せないまま、泥まみれの顔でわたしが笑うと、少女は白兎のように跳ねて逃げていった。森の奥から泣き声が、幽かにこだました。
捨てなきゃ。
そう呟きながらいつもより早く目が覚めて、今日がゴミの日だと気づく。
ゴミ箱を開けてみたら捨てるものがあまり入っていない。寝ぐらのように家を使っているせいであまり溜まらないのだ。
何か、捨てるもの。
ポストの中に重なっていたチラシ、昨日飲んだ野菜ジュースの紙パック、煙草の空き箱、飲み切ったピルのシート、冷蔵庫に置き去りにされていた卵のプラスチックパック、他は?
ああそうだ。クタクタになってしまった去年のカットソーと伝線していたストッキングと先週渡された化粧品のサンプルと昨日コスメカウンターで貰ったエコバッグ。
エコバッグって気を抜くと無駄に増えるよね。全然エコじゃなくて笑える。
それらをまとめて放り込んで、少しは丸く膨らんだゴミ袋を撫でながら靴を履く。
今日も、仕事。