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ぼくとおじさんと - マンションと共同体

番外編④マンションと共同体 ep.3

マンション連合

安堂のおじさんは元気だ。元気の元は酒なのか。
酒のアルコールがガソリンで、それでエンジンを回しているようだ。
確かに、日本画の大家横山大観は90歳まで日本酒をご飯代わりに飲み続けていたというし、作家の井伏鱒二も95歳まで酒を愛していた。
戦国時代の上杉謙信などは辞世の句に酒を謳っていたし、真田幸村が友人に焼酎を求める手紙まで書いていたほどだ。
あの福沢諭吉もビール好きで、論談風発にビールがふさわしいとまで言っていた。
つくづく日本人は、というより人間は昔から酒が必需品なのかも知れない。
だから、おじさんから酒を取ったらどうなるのだろうか。反対に、そのことが心配になる。
安堂のおじさんは続ける。手に持つコップには、水なのか酒なのか満ちている。
「マンション管理に必要なのは、誰が管理するのか、その主体が問題なのだ。誰もが理事を嫌がるというのは、その主体を放棄するという事なのだよ。」
おじさんは何故か厳かに話し始めた。
「管理組合の理事会が機能しないので外部の参入を検討していることを言ったが、誰が参加・参入するのか、そして誰が管理組合を運営していくのか。この辺を真剣に考える必要がある。色々な管理会社があって、住民の立場でアドバイスをくれる管理会社もあるが、うちの管理会社は考えなければならない管理会社の一つなのだ。
元々建設会社は、建物を作って売ればそれでおしまいだったが、今は作った建物の管理・運営も仕事にしている。
そこでは管理組合をいいように手玉に取り、カネを儲けるために利用しようとしている管理会社があるのだ。特に物を言わない管理組合、良いように手なずけた管理組合は管理会社にとって良い餌なんだ。
管理会社が会議のテーマを決め、議事を運営してゆく。金のかかる修理などは自分の子会社にやらせ、大規模修繕などは億単位のカネが動くわけで、こんな美味しい商売はないわけだ。住民は自分たちがカネを出しているという意識が無いまま、良いようにむしり取られているのだ。
俺の教訓なのだが、第一期の大規模修繕事業では、うちの管理会社の工事事業部だけでなく、数社の見積もりを取ることを始めた。見積もりを取って分かることだが、見積値の安い所と高い所では二倍から三倍の差があるものだ。億単位の開きだ。その費用は住民負担であることを忘れたらだめだ。
うちのマンションの管理会社の工事事業部は高いだけで相手にされず、相見積もりの各社の説明会を開いて決めることになった。専門的な用語や数値は、それぞれの専門家に聞く事で我々も内容を理解していった。他マンションの大規模改修の場所と物の数値、値段も検討した。
それぞれの会社の評判も含め調査をした上で決めたのだが、結果として予定の半額で済ます事が出来た。勿論、その会社がどこの下請けに頼むかも報告させた。大規模修繕は億のカネが動くので、悪質の業者もいて仕事の回しも当然ある訳で、それにも気を配って調べたものさ。
マンションの住民の個々人は、そこまで調べる事は難しいが、担当委員会では自分たちの資産管理という事で専門的にやらなければならない。
大きなマンションには専門家と呼ばれる人も入居している比率も大きいので、色々な人の協力も必要になる。
自分の思うようにできなかった管理会社は、親会社から怒られたと思うが、主体がどこにあるかを自覚しなければならない事の一つなのだ。」
「確かに無関心や他人任せというのは、怖いですよね。」文乃も同調する。
「管理会社というのは、建築や管理の専門家が集まっている会社じゃないですか。マンションの管理人も、訓練されて仕事に就いているし、僕たちも安心して任せている。
僕たちが会社で仕事をするのも、会社の利益即ち僕たちのためにやっているので、会社が利益を得ようとすることはしょうがないことだと思うのですが。」
僕は、管理会社も僕たち住民も、お互いウインウインの関係だと強調してみた。
僕たちがカネを出しサービスを受ける。そのサービスの対価に管理会社の利益があって良いという考えも、あっていいのではないのだろうか。
「武志のウインウインの関係は、この場合適用しないと思うわよ。ビジネスで使う言葉で、私たちは管理会社とビジネスをしているのじゃないのよ。」
文乃が反撃して来た。
「住民が管理会社を雇い、適正なサービスを受けているかを判断しなければならない訳で、綺麗に掃除をしているか、無駄な支出をしていないかを判断するのは私たちなのよ。」
酒を注ぎ足していたおじさんも話を続ける。
「管理会社とは毎年業務委託契約が交わされ、そのために決められた費用も管理費の中から払い出されている。文ちゃんが言うように、無駄がないかを見る仕事が住民にあるのだよ。使われるのは我々の出している金なのだ。」
「マンションの管理士でしたっけ、マンションの専門家もいましたよね。それと管理組合とどういう関係ですか。」僕は耳にしていた言葉を思い出した。
「資格試験でマンション管理士があるが、有効に活用されているとはいいがたい。県や市で、管理に不慣れな管理組合に無償で派遣する制度を設けているところがあり、うちのマンションでも一年間無償派遣制度を利用した事があった。」
「今も利用しているのですか。」文乃がおじさんに訊ねる。
「一年の無償期間だけだったね。正式に利用すると有償に成るからね。
大体管理組合の理事の任期は一年がほとんどで、次の理事会が不要と思えば呼ばないよ。そもそも管理会社ではマンション管理士の資格を持っている人も社員でいるから、改めて雇う必要がないという一言で決まってしまうんだ。マンション管理士も弁護士と同じで、専門知識を自分を雇った側に利用するのはどこも同じさ。」
「そうか、そのうえ理事の仕事が一年間じゃ、何も出来ないよね。積み残しも出来るし、おじさんが理事長で頑張ったのも分かる気がするよ。」
それは僕の感想なのかもしれない。
「俺が今の管理会社に頭にきたことがある。マンションが出来て15年経つのだが、毎年理事が変わり、自分たちが管理組合を引っ張ってきたという自負もある事と大手の会社という事もあるのだろうが、俺の理事会への要望書が潰されたことが度々あった。理事長あてに、討議してもらいたい案件を提出したのだが、管理人に言われたのは理事会の始まる一週間か十日前に出してほしいと言われてしまった。つまり直接理事長に届けるのではなく、まず管理会社に持っていき、管理会社が理事会の議案にするかどうかを決めるというのだ。管理会社が提案を没にすれば、理事会では討議もされないわけだ。
受け身の理事会では、管理会社が思うような議題を話し合うだけなので、管理会社が嫌がることや、批判的なことは永遠に議題に上ることはないだろう。日常の管理業務も、費用のかかる修理も、管理会社の思うままに進められているのが現状なのだ。予定外の費用が発生すると、住民負担だから臨時徴収か管理費の値上げにつなげればいいだけのことだ。」
「管理組合で理事長をしていたおじさまの言葉だけに、重みがありますね。
関心を持って、自分の財産を守るという気持ちが無ければ、良いように食い荒らされてしまうという事ですね。」
文乃の関心は、僕よりは深い関心度があるようだ。それは彼女の研究生活に依存した探求心に根差すものだろう。僕など、気楽に生きている人間にはマンションも資産価値も、他人事に聞こえてしまう。
おじさんには僕の考えがわかるのだろうか。僕に向き直して話し始めた。
「マンション生活もそうだが、ここで、たまにしか来ない管理組合の理事の業務に集中することだけ考えても疲れるだけさ。
以前俺は、他のマンションではどのような運営をしているのか、足りない情報や経験を共有化して相互の協力体制を作ろうという案件を文書化したものがある。災害やセキュリティ対策も同時に出して、自治会の事も書いて知り合いの住民や他のマンションの人に配った事がある。東日本大震災の一年前のことだったが、<マンション連合(案)>としての文書は今日持ってきたので後で読んでくれ。最後になるが、俺が思ってきたことはすごく単純なことなんだ。」
おじさんは空になったコップを覗いて、文乃の前に置いた。
文乃は笑顔で徳利のお酒をおじさんに注ぐ。おじさんは文乃の笑顔が見たくてコップを置いたのだろう。確かにぼくも文乃の注いだ酒は美味しく感じる。
それは文乃のもつオーラなのかもしれない。そんな文乃がそばに居てくれることは得難いことだと、僕はいつも思っている。
酒を注いでもらったおじさんは、文乃と乾杯しながら話を始めた。
「うちのマンションのように、高層マンションや集合マンションでは戸数も200戸や500戸は当たり前で、住む人も300人から500人1000人なんてざらだよな。これって、小さくても立派な村なんだ。村だと、みんな助け合わなければ生きていけないし、生活もできない。道路を作りや橋を渡し、電気やガスを通して食材も都合し合う。人が多く居れば村なので、そこでは村意識が芽生えるよな。」
「確かにマンションには人が多く住んでいますよね。普通に考えると村になる訳ですよ。そんな事考えた事がなかった。そうなると自分は何をしなければならないかという事になる。」
先ほどまでの管理組合や理事会では、分からない事ばかりに振り回されたが、村の話は妥当かどうかは分からないが、理解しやすい。
僕は身を乗り出した。
おじさんは続ける。
「村には村長がいて、村の計画や財政の部所があり、人手は村の人がやることになる。その一つ一つに目的があり、財政的な根拠がある。
これをマンションで考えてみよう。まず、自治会という自治組織があって、自治会の会費が財源になるが、管理組合はマンションの管理保全が目的と考えると、村の管理保全と同じだと言える。つまり村の財政部でもある訳だ。
自治会という村組織を考えた上で、長期の役員任期も必要になる。部署によっては2~3年でも良いのだが、全員が全体の管理の責任を持つことで部分や長期、大規模修繕の改良もできやすい。
自治会というのは任意団体だが、管理組合は全員の参加義務があることから、管理組合員がそのまま自治会員となるように規約を変える事も出来る。ただ、その目的が管理組合員の相互付与・互助的な意味付けが必要になる。
したがって、既存の自治組織から名称も変えて組織化する必要がある。
ただ、市町村への登録は自治組織として登録すれば認可してもらえる。
マンション内的な組織化や活動は村意識的にやっていいし、例えば恒例の村祭りや、そこでの餅つき大会、趣味のサークル、そして老人介護や子供の共同保護も始める事が出来る。
人の多さを有機的に活用することで、例えば管理組合の活動も村全体でみる事で効率化もはかどることになる。自治組織は、市に登録することで色々なメリットも生まれる。
管理組合はマンションの管理運営という事で、自治組織ではないので市には登録されず、それは市からは見えない組織で、災害時には救援物資も送られてこないのだが、自治組織として認められれば市の保護もある。
また、対外的には町会との共生や他のマンションとの連合でのメリットも共有できることになる。あくまでも、その村組織への意識の持ち方次第で、それを担う人や協力し合う人の意識を絶えず醸成していかなければならないだろう。だから、管理組合一つとっても、このような村的な発想と機能を高める努力は必要になるだろう。
管理会社を利用するか、必要ないとするかは、どのような村を作ろうとするかにかかっているので、マンション生活を楽しむというのであれば、そのような発想の転換を楽しまなければならないだろう。
マンションの規模にもよるが、管理を自分たちでやっていたマンションもあったし、管理人だけを雇っていたマンションもあった。自主管理という方法もあるんだ。管理会社も色々あることも踏まえて、柔軟に考えていいと思う。武志は、どう思う。」
「村社会を考えると、僕たちがその管理をどうするかという事ですよね。
ただ、少子高齢化の中で増える老人とマンションの建て替えを含めて難しい問題が多いですよ。」
「確かにそうだ。俺が提案したいのは、マンション連合というのはお互いの悩みの共有化と、解決の方法を一緒に考えるというもので、増えた空き部屋と老人対策では、利便性のある空き部屋に建て替え予定の住民を移住させ、空きマンションの建て替えや廃棄を第三者の会社を作るなり処理機関を置くことも、多くのマンションの連合行為として考えてもいいと思う。
これからのマンションのあり方も、今から一緒に考えるという事で、村同士の連合とは、それぞれの利点を分業・分化で生かし合おうというものだ。マンションを孤立させるのではなく、村社会でいえば古くなった家々を村同士皆で建て替えたり廃棄したり、自分の田畠も協力して再生させるのも村社会の発想だ。
ただ、日本の現状が先進国では最下位の食料自給率38%というように、畑地潰し、村潰しの結果なので、村社会の経験のない人にどのように生き抜いたのかの先達の知恵がないことが不安の一つなんだ。
少子高齢化の弊害も、農村の老人化と疲弊した村といわれるものも、実は政策の失敗の結果なのだ。
ただ、俺が言いたいのは、マンションを管理する管理会社やその意見だけ聞いている国の提起する範囲の中で考えるのではなく、主体者である住民が発想の転換をしなければならないという事を提起しているのに過ぎない。特に、若い人に考えてほしいのだ。」
「若い人というのは、私たちの事かしら。」
「そうだよ、僕たちのことだよ。」
僕と文乃は、お互い向きあって応えた。
おじさんの空になったコップに僕は酒を注ぎ足した。
おじさんの経験を聞く事で、理事に成ることで困り果てている友人の相談にのるつもりの飲み会が、僕たちへの生き方に発展しそうな雰囲気だ。
おじさんは任務を終えたように、美味しそうに酒を飲み僕たちを見据える。
「俺の書いたマンション連合。コピーを渡すから読んでくれ。何かの参考になると思うよ。」
人生の後期を楽しんでいる安堂のおじさんの笑みが、僕の心に残っていた。



※次回号は、マンション連合と自治会提案についての参考資料となります。
マンションにお住まいの方は、是非参考までにお読みいただければ幸いです。

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