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「九十歳のラブレター」

新潮社

なんと素敵なご夫婦でしょう。
とても濃厚なラブストーリを読んだというのが第一印象です。
妻に先立たれた男性の心情が率直に赤裸々に、そして繊細に
吐露されています。

ただ上質なラブストーリーを読んだというだけではなく、老いるということがどういうことなのかを、つぶさに見せつけられる経験でもありました。

既に他界した父のことを久しぶりにとても身近に感じられる時間でもありました。

そう遠くない将来の自分と夫との生活を想像させる内容でもありました。

お二人とも九十歳近くまで一緒に仲よく暮らしてこられたという時点で、一般的にはかなり幸運なのでしょうが、それでも、いろいろなご苦労をされてきています。
戦争を経験されたことに始まり、世界を股に掛けてご活躍されたり、体調の変化や、そのことが原因で、生活に支障がでることだって起こります。
それでも、出逢った頃から六十年以上、このご夫婦のやわらかな愛情関係が維持されていること自体が、お二人の人柄のたまもののような気がします。
加藤秀俊さんの書かれる文章そのものに、そのお人柄がにじみでています。

そのお二人の結婚生活の実質的な始まりのシーンがとても微笑ましくて、あー、きっとこの気持ちを一生持ち続けてこられたのだろうなぁと感じました。

やがて飛行機が着陸した。ゲートがひらいて、旅客がロビーに入ってきた。その中にあなたの顔がみえた。あなたもぼくを見つけた。お互い駆け寄った。あなたはまるで体当たりをするようなスピードでぼくの胸に飛び込んできた。僕はそれを力いっぱいこたえて受け止めたが、あんまりあなたの体当たりが強烈だったから足がよろけた。「会いたかった」とあなたはいった。「ぼくだってそうだよ」と答えた。あなたの目は涙でいっぱいだった。あの若いころの瞬間をぼくは九十歳になったいまも、ついさっきのできごとだったように鮮明に記憶している。あの瞬間がぼくたちの「結婚」だったのである。

65頁

このシーンは、スローモーションのように目に浮かびます。

自分の両親にも、そういう若い時代があったのだということを、父がまだ存命のときに理解できていたら良かったのになぁと、思いが至らなかった娘の私は思うのでした。

ご両親のことを思い出したり、思いやれたりするきっかけになる本です。





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