5分で学ぶ杉本博司 -後編-
前編では杉本博司の代表的な3つのシリーズ「ジオラマ」「劇場」「海景」の解説をしました。前編冒頭で、杉本博司をあえて一言で表すと「真実・本質を探究し続ける現代美術家・写真家」であると書きました。本編でご紹介する杉本博司の作風や表現方法を知ると、「現代美術家・写真家」という枠組みにはまらずに多様な表現技法をもって本質を探究している彼の姿勢がうかがい知れると思います。
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代表的3シリーズをもとに、さらにテーマを発展
動物の剥製をあたかも現実であるかのように撮影するというコンセプトの「ジオラマ」や、映画一本分を長時間露光で撮影し、光や時間の流れ、歴史を象徴するというコンセプトの「劇場」、そしてミニマルで抽象的な水平線のみを写し、古代人が見た景色を再現するというコンセプトの「海景」。これら3つの代表的なシリーズは、時を経るとともに別の新たなシリーズに派生していきました。
「ジオラマ」はロンドンのマダム・タッソーなどにある蝋人形を生き生きと蘇らせるような写真作品「ポートレイト」シリーズへと発展しました。まるで現代に実在する人物を撮影しているかのようなリアリティによって歴史上の人物を蘇らせ、あたかもはるか昔と現代の間に時間の隔たりがないかのような錯覚を観る者に与えます。
《ヘンリー8世》
また、光と時間の蓄積を視覚化した「劇場」は、和蝋燭の灯火を長時間露光でとらえた「陰翳礼讃(いんえいらいさん)」へと発展しました。『陰翳礼讃』とはもともと谷崎潤一郎のエッセイで、電灯がなかった時代の日本の美的感覚について論じたものです。
西洋の文化では可能な限り部屋の隅々を明るくすることに努めるのに対して、日本ではむしろ陰翳(陰影)を認め、暗闇の中でこそ映える芸術を作り上げてきた美意識があるという趣旨の随筆です。
杉本の「陰翳礼讃」シリーズでは煌々と輝く蝋燭の火を長時間露光で撮影しているため、ゆらゆら揺れる炎の動きや時間の経過が象徴的に表現されています。また同時に、周りの深遠な陰影に目を向けると、この暗闇こそが光の美しさを引き立てるのに必要であることにも気づかされます。陰影を礼讃する日本人特有の美意識を自覚させるような奥深い作品とも読み取れます。
日本というアイデンティティ
ニューヨークに移住した杉本は、アメリカでの生活を続けるうちに「日本人」というアイデンティティの自覚を強めていったようです。1970年代初頭のカリフォルニアで深めた仏教や禅への理解や、ニューヨークでの日本古美術店「MINGEI」の経営といった経験から会得した知識や感性により、元から普遍的な視点を持っていた杉本の表現をより一層豊かなものになりました。
「仏の海」シリーズは、京都の三十三間堂の千体仏を撮影したものです。本作品は1970年代ニューヨークのアートシーンで主流だったミニマル・アートとコンセプチュアル・アートを日本的な文脈で実践した作品といえます。
ミニマル・アートとは「抽象化された観念を眼に見えるようにするとどうなるか」という実験をテーマにしています。杉本は12世紀の日本にも「西方浄土という観念化された死後の世界をこの世に模型として再現」したものとして千手観音像の一千体のインスタレーションがあることに着目しました。
近世以降付け加えられた装飾を取り除き、蛍光灯ではなく日の光のみで撮影するという徹底的なこだわりのもとで、平安貴族たちが見ていた景色を再現しています。
《仏の海, 1》
写真の枠を超えた多様な表現 - 舞台芸術から建築、造園まで
ここからは写真家という枠組みでは捉えきれない杉本の多様な表現について見ていきたいと思います。
彼の表現は能や浄瑠璃など舞台芸術から建築、造園など、非常に多様な媒体や手法にまで及び、手段を問わず本質を追求する現代美術家としての杉本の側面をより強く感じさせます。
2001年以降は人形浄瑠璃文楽「杉本文楽 曾根崎心中」や能などの日本の伝統的な舞台芸術の演出を行い、2009年には「古典演劇から現代演劇までの伝承・普及、古美術品等の保存・公開、現代美術の振興発展に寄与」することを目的として小田原文化財団を設立しました。
2017年にはアートの原点に立ち返る場所として江の浦測候所をオープンしました。
自然の営為、壮大な宇宙の法則を観測するために設計された空間である江の浦測候所は、構想に10年・建設に10年の歳月が費やされたといいます。
庭園には古墳時代から近世までの考古遺物や古材が使われていたり、冬至の朝陽を通すトンネルや夏至の朝陽がさす100メートルギャラリー、硝子舞台、細部に至る素材選定や加工・仕上げ技術、庭に配された礎石、階段、橋、門、宝塔、灯籠など、あらゆる存在に宿る意味と歴史を最大限引き出した場所です。
未来の遺跡になる場所として設計された当施設は、1万年後という途方もなく長い時間軸で設計されています。
江の浦測候所
(画像引用元:https://www.odawara-af.com/ja/enoura/)
自然の営為を感じ、アートの本質に立ち返る場所としても、小田原の観光名所の一つとしても一度訪れてみることをお勧めします!
まとめ
いかがでしたでしょうか。
過去から未来に至るまで非常に長い時間軸でものごとをとらえ、その世界観を多様な手法を通じて作り出す杉本博司。常に普遍的な視点を持って作品を制作する杉本博司は、写真や現代美術といった特定の枠組みにとらわれることはありません。
写真、舞台芸術、古美術、建築、造園など多様な表現で物事の本質に迫ろうとする杉本博司の世界観とその深淵さがこの解説を通してほんの少しでも伝わっていたら嬉しいです。
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時代を超えた普遍性を表現する、ミニマルアート写真の傑作
本作《日本海 隠岐 V》は、杉本博司の最も代表的な三つのシリーズのうちの「海景」シリーズです。「海景」は1980年ごろに発表され、これを機に杉本博司の名声は決定的なものとなりました。画面上部に空を、下部に海をグレースケールで映し出し、空と海以外なにもない海景は、ミニマルアートの平面的な表現としても読み取れます。
「古代人が見ていた風景を現代人も見ることは可能なのか」という問いが発端となって生まれた海景シリーズは、特定の場所で撮影され、具体的な場所の名前がタイトルになっているものの、きわめて抽象化・普遍化された作風が特徴的です。
本作《日本海 隠岐 V》はタイトルの通り日本海に浮かぶ島根県の隠岐(おき)の島から見た海を撮影したものです。隠岐の島は日本の歴史における流刑の島として有名です。後鳥羽院が承久の乱で敗れ、1221年に島流しにされた島であり、先述した「古代人が見ていた風景を現代人も見ることは可能なのか」というコンセプトを見事に体現している作品といえます。
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ここまで読了いただきありがとうございました!次回もお楽しみに!