病み患い日記#1 心臓だけは強いと思っていたが
45歳の頃からひどい貧血と下腹部の強い痛みが続き、内科では鉄欠乏性貧血と診断を受け、婦人科では子宮腺筋症と卵巣嚢腫であることが分かった。生理が終われば徐々に症状は治まると聞いていたので、日々痛みに負けないよう頑張った。
ちょうどその頃、父の介護があり家族皆がそれぞれ忙しい日々を過ごしていたが、年に1回の健康診断には欠かさず行っていた。いつも結果は婦人科系疾患について引き続き気を付けるよう言われるだけで、他は大きな問題がなかった。大きな問題ではなかったが心電図で「経過観察」が付き始めたのはちょうど47歳の時だった。
49歳で転職。その時に受けた雇入時健康診断の心電図で「要精密検査」となった。自覚症状がなかったので「どうして?」という気持ちしかなかった。精密検査の結果は「上室性期外収縮」で、あまり気にしなくて大丈夫とのことだった。ホッとして普通に過ごすことにした。
その年に父が他界。その3年後に母が末期のすい臓がんであることが分かる。母の介護中、あまりにも胸が痛く息苦しくなるので、合間をみて病院へ行った。上室性期外収縮は変わらなかったが、24時間ホルターを付けたところかなり頻発している事が分かり、服薬が始まった。薬を飲むと動悸や心臓の嫌な動きが軽減するので、とても楽に感じた。2年前くらいから痛みだけでなく、寝ていると脈のリズムがおかしい事を自覚していたのだ。服薬で大分楽になったので介護も仕事も頑張れた。しかし服薬を始めてから新たな問題が出てきたのだ。
いつものように病院で心電図をとっていると、技師さんから「苦しくないですか?」と聞かれた。「いえ、苦しくはないです。」と答えると、技師さんは私に着替えて待合室で待つように言い、急いで医師の方へ行ってしまった。
診断結果は「完全左脚ブロック」だった。聞きなれない言葉。ただ医師からは「期外収縮よりも大きな問題だ。」と言われる。看護師たちの表情を見ても楽観視してはいけないことが分かる。「最近、失神したことは?」と聞かれ「???」と驚いた。「失神は…したことがないです。」と答えると「とりあえず薬を変えてみましょう。もし失神したら予約前でも必ず来てください。」と言われた。そしてその後、どの薬でも完全左脚ブロックは出現し、試しに服薬を止めると左脚ブロックは消える事だけが分かった。
そんな状況の中、母が他界した。しばらくはすべてが辛くて、まともに生活出来なかったが、医師に前から言われていた「カテーテル治療」について少しずつ考えるようになっていった。
つづく