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京味のDNA
西新橋にあった伝説の京料理店「京味」
当主・西健一郎氏が亡くなった後2019年の年末を最後に閉店
数多くの弟子を輩出しているのも京味の凄さで、そのDNAは東京中に散らばり、と村、笹田、くろぎ、星野、味ひろ、味享、など、全て名だたる名店として君臨している
そしてその京味系譜、最新の独立者が味幸(あじゆき)
京味が閉店した後プロボクサーの夢を諦めきれずバンコクへ渡りプロボクサーとなった後帰国、独立までは兄弟子の味ひろで勤め2022年10月に新富町に独立。
メインで扱うお酒と酢はボクサーの兄弟子である和歌山県「雑賀」と大将の実家がある奈良県三輪の今西酒造「みむろ杉」
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料理は京味から受け継いだ流れが主軸となっている。
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手掛ける吟醸酢にはこの純米大吟醸の酒粕が用いられてる為、雑賀の酢を料理に使用して雑賀の日本酒で合わせると原料が同じというアプローチが可能となる唯一の蔵。
いま日本の良いものが取り合いになっていて、酢もまさにそうで、酒粕を原料に数年熟成させる赤酢の生産量は限られている。ヨコ井の赤酢が鮨ブームの影響で全く足りないらしく、雑賀の吟醸酢のオーダーは増加している。
私も自宅の酢はこの雑賀吟醸酢と九重酢常盤を愛用している。
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京味系の名物。恐ろしく手間がかかるがそういう素材が西さんは好きだったそう。
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酸高く爽やか、これは料理途中ではなくスタートに飲みたい
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花山葵の速度と酢の速度が合っていて駆け抜ける。酢はもちろん雑賀の吟醸酢。
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スッポンと言えば松の司だが、コース料理途中にこのクリアなキレの赤杉は凄く良い。
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この純米大吟醸は発売前に奈良にある名店味の風にしむらさんで料理に合わせたことを思い出した。いまだに日本料理にはこの白杉を合わせるのが好き。
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このお椀と白杉の相性は抜群!蛤のコハク酸とお酒の余韻が溶けていく。お椀に合わせる日本酒は本当に難しいが、蛤はまだ近づきやすい。
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食事前の最後の料理がこのキリっとよく冷えたぬた。温度差がとても印象に残った。
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これがもうたまらなく旨い、満腹でも2杯食べた
【北大路魯山人 昆布とろ】
昆布とろというのは、昆布とかつおぶしの煮だしだけでつくるとろろ汁である。夏の朝、食事の進まないようなとき、あるいはなにを食っても口が不味いとき、またはなにも口に運ぶ気が起こらないときなどに、これをこしらえて熱い御飯にかけて食うと、まずは大概美味い美味いで、日ごろの三杯飯は、知らず知らず五杯飯になること請合いである。
〜中略〜
さて、長談義をこのくらいに止めて、いよいよ昆布とろの製法に取りかかろう。まず最初上等のだし昆布の砂を落とし、塵を払い、水を使わずに洗ったようにきれいにする。次に縦長に幅五分ぐらいに真田紐さなだひものように、鋏はさみで切る。それをまた小口から細く長く五分の糸のように切る(昆布茶の出来合い品のように)
次にかつおぶしの煮だしをやや濃い目につくる。かつおぶし一合に醤油三勺ぐらい入れた味をつけ、微温程度に冷ます(ただし刻み昆布一合煮だし二合ぐらい)。以上で材料は調ったわけである。
次は擂鉢すりばちに前に刻んだ昆布を五勺とか一合入れる。一合なら五人前ぐらいになる。刻み昆布の入った擂鉢の中へ前述の醤油加減しただしを、最初少しばかり入れて、それを杉箸五本くらいを片手に持って、かきまわすのである。
擂粉木すりこぎでするのもよい。それを十分間くらい根気よくかきまぜ、昆布よりねばりが出るようになるまでつづける。
こうして、以前のだしを少しずつ入れながら同じことを繰り返し、なるべくとろろのようにどろどろした液をつくるのが、昆布とろの眼目である。人手の多い家なら、替り合って精々かきまぜ、ねばねばしたものに仕立て上げるのである。
かくして、でき上がった汁を昆布は除き、炊きたての御飯に少量かけて、その上に浅草のりのもみ粉を少し振り掛けて食べる。ただこれだけであるが、万人向きに美味いものであって、食通をよろこばすに足る調子の高い料理である。
これを要約して言えば、昆布とかつおぶしの味の長所を合理的に利用した簡単な美食である。精進ならかつおぶしを用いないでやるのもよいだろう。(昭和六年)
昆布とろ飯は言うなれば天然の「味の素」。人間が美味しいと感じる要素が全て入っている。脂やタンパク質を使用せずここまで美味しく仕立てられるのは日本人の叡智が詰まっている。
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お椀が後半に出るのが京味の流れの一つで、後半のお椀の為、味わいをある程度つけないといけないそう。しばらくはこの味わいの構成を求めるお客様が多いのでこの構成で組み立てるが、試してみたいことも色々ある、と大将。
日本料理の味わいの組み立てというのは正解がないからこそ料理人の経験・考えが色濃く表れる。
季節の食材を美味しく提供するのは前提として、どの順番で食べさせるのか、というのは料理人の経験値であり客の楽しみの一つである。
これは日本酒に置き換えてもワインに置き換えても同じこと。各蔵の味わいをどの順序で提供するかに価値がある。
日本料理のコースをお客の食べたい順番に食べさせないのと一緒で、その時期の料理を一番生かすお酒の順番を考えて出す店はまだ多くない。
ただ間違えてはいけないのは決してマニアックになってはいけない事。
食事に行くといつも新しい学びが得られる。
知は現場にある。間違いなく。