
「すごい時間まで働いていたよねぇ」andCURRY日誌➖20250206
今日の相棒はうたちゃんだった。うたちゃんは忙しい時間帯を乗り越えると、「由希奈さん、阿吽でしたよね?!」と言い寄ってくる。わたしは、もうYESとしか言えなくて、これを俗に阿吽ハラスメントと呼んでいる。楽しく働けたけれど、まだまだ余裕があって、阿吽ハラスメントをされることもなくランチが終了した。
ディナー営業に向けて牡蠣のカレーを追加で作る。
海鮮のカレーはここ数年、なぜだか辛くしたくなるのです。辛い!うまい!というのをやりたくなってしまう。肉ではだめなんだ。海鮮でなければ・・・。辛さの要因は青唐辛子、赤チリのホール、パウダー、胡椒によって変わってくる。辛いカレーを目指すとき、全部の工程で辛味の要因を多めに入れるのだけど、赤チリのパウダーは、三茶マノスの遠藤くんからもらったものを使用すると激辛になる。通称マノス粉。牡蠣のカレーもマノス粉使用。結構辛くなって満足。それにしても今年は牡蠣が高い気がする。キロ当たり1,000円くらい高い。
ディナー営業の1巡目のお客さまにTさんがいらしてくださった。その昔、保育系事業会社で事業企画の仕事をしていたときに出会った方だ。
当時、待機児童が多く、行政の保育園増設が間に合わない時、法人が保育サービスを提供し職場復帰の手立てとしていた。そのお手伝いをするのがわたしのいた会社の仕事なんだけど、社会情勢的に引く手数多でかなり忙しかった。公的な保育施設の新規開園も、法人向けサービスも全部同じ部署が承っていて、下っ端のはずのわたしも文字通り死ぬほど働いた。朝ごはんのために買ったパンを、終電を逃して乗ったタクシーの中で泣きながら食べたこともあった。仕事が気になって眠れなくて、眠れないならいっそのこと仕事をしようと深夜2時にPCを開きメールを送ったりしていて、そのメールを受け取ったTさんは今でも「すごい時間まで働いていたよねぇ」とおっしゃる。
この日誌も読んでくださっているようで、「日誌もすごい時間に更新してるよねぇ?」と尋ねられ、わたしってばあの頃と同じワーカホリックなんだなと思った。
いっちゃんお迎えの時間が迫っていたので、Tさんとあまりお話しできなかったのだけど、あの頃と今では心の持ちようが違うこと、見える世界があまりにも違うのだということをもっとお話ししたかった。
心の中があの時は黒に近い灰色だったんだけど、今は明るい白になった。高い場所に登って景色を見渡すように、確かな広がりが生まれた。本当にあるかどうかわからない極楽浄土のような景色ではなくて、登ってきた道やこれから帰る道もしっかり見える。カレーが照らしてくれている道だ。
Tさんがもしこれを読んでくださっていたら、次回はゆっくり今わたしが思う働き方についていろいろと意見交換がしたいです!!