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ひとりで事務仕事しながら、かつて隣にいたTさんを想う。
ひとりで仕事をするのは楽しい。
決まったオフィスに毎日通いつめ、毎日同じ人たちと顔を合わせなくてよい。自由に外の空気を吸いに行っていい。今日やることにしていた仕事が終われば、17時を待たずにフリータイムだ。自分の性に合っているなあと感じる(収入はまだ全然足りないけどね)。
自分のペースで仕事ができるのが嬉しい。
こっちのことはお構いなしでかかってくる電話に集中力を切らされたりないし、電話にすぐ出ない同僚にイライラしたりしないし、仕方なくその電話に出てみたらクレームで最悪、だったりしない。電話関連だけで、こんなに出てくる。
他にも、合わない人に愛想笑いをしたり、上司の意味不明な指示に振り回されたり、後ろの席の人の機嫌の悪さが伝染したり、本来他の人がやるべき仕事が急ぎだとか言って回ってきて自分のやりたかったことが全然できなかったり、私がやったことがなぜか他の人の功績になっていたり……ということが、(ほぼ)ない。
非常に快適だ。自分でやったことが、すべて自分に返ってくる。頑張ったことも、やらかしたことも。自分が何もやらなければ、何も起こらない。悪いことも、良いことも。そのシンプルさが、心地良い。
でも時々、誰かと一緒に仕事がしたいなあと思うこともある。一緒に仕事をしていて楽しかった人のことを思い出すときだ。
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このnoteで、私の事務作業に係るポンコツっぷりを書いた。単純な発送作業なのに、やらかす。
このことからもお察しできるだろうが、私は事務書類の間違いを見つけるのが苦手だ(元事務員のクセに)。1月は特に、書類の差し戻しが多くなる。日付のミスのせいだ。〇年〇月〇日の、〇年を新年の数字に直すのを忘れたまま、決裁を回してしまうのだ。気を付けてはいる。でも、見落とす。少なく見積もっても1月いっぱいは、書類作成にかけるエネルギーとは別に、日付チェック用のエネルギーも確保しておかなければならない。つかれる。
かたや、当時隣に座っていたTさんは、そういう細かい書類のミスを見つけ出すのがめちゃくちゃ得意だった。他にも、学生やイベント申込者のリストの整理や、紙提出の書類の内容をデータ入力する作業、そしてもちろん、発送作業も大得意だった。大量に積み上げられた発送書類を見ると「やりますか!」と腕まくりを始める。隣で私は吐き気を催している。
「Tさん、いつもありがとうございます。私この作業、本当に苦手なんで、めちゃくちゃ助かってます」
ある日、感謝を伝えるとTさんは言った。
「ちひろさんは、自分で色々考えて提案したりできるし、先生とも対等に話ができるし、色んなツールを使いこなせるし、私なんかより全然すごいじゃないですか~!」
褒めてもらえて嬉しかったけど、同時に、自分の表現力の乏しさが悔しかった。私はTさんのこと、Tさんがいま私を褒めてくれたのと同じくらい、いや、それ以上にすごいと思ってるのに。
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どう伝えたらよかったか、もう一度じっくり考えてみた。
私はTさんの何をすごいと思っていたのか。それは、淡々とした、細かい作業をコツコツ続けられる集中力を、だ。私にはない能力を尊敬していた。
その能力を褒めた。その能力を発揮してくれたことに感謝した。
でも、感謝の矢印が少しずれていたかもしれない。あるいは、矢印の勢いが足らず、深く踏み込めていなかったように思う。
Tさんは抜群のインサイトをキラッキラ光らせて「ミス、見つけちゃいますよ〜」と私の書類をチェックしてくれた。単純作業をやるとなったら、よしきたと取り組んでくれた。
Tさんは、私が苦手だと泣きごとを言う作業を楽しそうにやってくれた。私はその仕事への姿勢に、その前向きさに救われていた。
Tさんがいてくれることが、どれほど心強いか。Tさんの能力だけじゃなく、Tさんの存在そのものに感謝していた。
それを照れずに、具体的に、真っすぐに、伝えたらよかったんじゃないか。いま振り返ってみて、そんなふうに思う。
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ひとりで仕事をするのは快適だ。
でもその代わり、苦手な作業も自分でやらなくちゃいけない。細かい書類チェックや、コツコツデータ入力なんかをしていると、私は相変わらず気が滅入る。
そしてTさんのことを思い出す。楽しそうだったな、笑顔だったな、心強かったな。滅入った気持ちが、すうっと霧散する。
現代。単純な事務作業はいま、徐々に人の手を離れている。Tさんが得意な業務の需要は、これからきっと、減っていく。
でも「ひとつのことを黙々と続けられる集中力」という能力が活かせるのは事務作業の場面だけじゃない。それに「得意な仕事を心から楽しそうにやれる」という健やかなマインドは、周りの人の心を解し、明るくし、潤わせる。
いま、隣にいてくれたらな。
なんて思うとき、誰かと一緒に働くことへの憧れが、心の中でうずくのでした。