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超ダンス嫌いがタップダンスインストラクターになってしまった

タップダンスを始めて7年目になる。
「小学生」より長く続けられたことがないほど飽き性な私が、すっかりハマってしまった。通っている教室ではいつのまにか、古参勢である。

そんな私だが、子どものころはダンスが大嫌いだった。

もっとも古い記憶のひとつは、アンパンマン体操を踊りたくなくて、こども館のすみっこで大泣きしたこと。

中学・高校の体育の授業では、女子は全員強制でダンスを踊らなくてはならず、「男に生まれたかった!」と夜な夜な本気の悔し泣きしたこともある。

『アメトーーク!』で時々、「踊りたくない芸人」という企画をやってるけど、私はあの番組で心から笑えたことがない。

一生懸命やってるのに体が音楽についてゆかず、狙っても到底出来ないような、奇妙な動きになってしまう芸人さんたち。

その動きは、壊れかけのからくり人形や、ヌメヌメした地球外生物みたいな、ちょっと普通じゃないものみたいに見える。


「私もこういう変な動きをしていて、笑われていたんだろうな」

封印したい記憶が呼び起こされるので、どうしても気持ちよく笑えない。


それくらい昔は、ダンスが苦手で、大嫌いだった。

のだけど。

タップダンスを始めたら、ダンス大好き人間になってしまった。


週に最低2回はレッスンに行くし、空いた時間ができるとYouTubeを観ながら、タップだけでなくヒップホップやジャズダンスの基礎やステップの練習をする。

発表会やイベントがあるとなれば、どんな予定を差し置いても出演するし、海外旅行先では、誰でも参加できるダンスイベントに意気揚々と仲間に入る。

いまの私のダンス熱を、思春期の私は絶対に信じてくれないと思う。


ましてや、タップダンスのインストラクターとして、レッスンを受け持つようになっているなんて。鼻で笑っちゃうに決まってる。


ダンスへの想いが、こんなにもひっくり返ってしまったのにはワケがある。大げさかもしれないけど、私はタップダンスに救われたのだ。




7年前の4月、国立大学職員をしていた私は結婚を機に異動をし、職場も住む場所も変わった。夫の実家や職場がある地に引っ越したのだ。


それから3ヶ月が経ったころ、「何か新しいことを始めよう!」と思い立った。

当時は自覚していなかったけど、いま思えば、新天地でのさみしさや不安を、何かで拭いたかったのかもしれない。

スマホで習い事を探していて行き着いたのは、職場近くにあるカルチャーセンターのホームページ。

フラワーアレンジメント、英語やスペイン語、水彩画、マクラメ編み、太極拳……。興味があっちこっち散漫な私は目移りしまくった。


しかし、その落ち着きのない眼球は、

タップダンス
毎週木曜 18:20~19:20


の文字にガッチリつかまれ、動かなくなった。


そして脳内に、ある音が響く。


パンプスのヒールが鳴らす、カツカツコツコツという音だ。

この音が大好きで、私は子どもの頃、よく祖母の黒いハイヒールをぶかぶか履いて、玄関のたたきを周回していた。

これだ~!
私は迷いなく翌週の体験レッスンに行き、即入会した。それが7年前の7月だった。

XO脚改善中なのであんまり履いてないけど、
いまもヒールの靴は好き



一方ちょうどその頃、職場の上司との関係が急激に悪くなり始めていた。


一緒に働き始めて3ヶ月。
違和感に気付かないふりをしてきたが、限界が来た。


上司は私をチームの輪から遠ざけるようになった。


それまでの人生で、無視されたり、いなくてもいい存在として扱われた経験がなかった。友人でも同僚でも、人間関係で大きなトラブルになったことはなかった。


だから、相手がどんな人でも、自分はうまくやれると、なんとなく自信をもっていた。でもそれは、とんだ思い上がりで、たまたま運が良かっただけなのだと思い知った。

職場にいる時間はもちろん、家に帰ってからも、上司のことを思い出して、怒りや悔しさや情けなさや無力感に情緒を引っ掻き回された。


気持ちが落ち着かないのでなかなか寝付けず、ようやく眠れても不快な夢を見た。

上司の影に、いつも付きまとわれていた。


毎朝、仕事に行くのがたまらなくイヤだった。




そんな私を、鬱の入り口ギリギリで引き留めてくれたのが、タップダンスだ。

週に1回、木曜日に60分。


レッスンを終えると、頭も心もすっきり晴れ渡った。まるで湖畔で迎える朝みたいにクリアなのだ。

汗だくのTシャツを脱ぐ瞬間、「ああ、あの人のこと、一度も考えなかったな」と、毎度新鮮に驚いた。

上司から無視されたり、戦力外扱いされたり、まるで自分に存在価値がないみたいな思いをさせられていることなんて、取るに足らないような気がした。


私には、踊れる身体とエネルギーがまだある。

日々、できるステップを増やせている。
少しずつ、かっこよく踊れるようになっている。

私は、何もできない人間じゃない。


私には、タップダンスがある。


レッスンの後には、そう思えた。


60分間だけ、上司の影は私の世界から消えた。


でも残念ながら、この清々しく心強い感覚は、上司と関わるたびに少しずつ、あるいは一気に失われていく。

だから私は、次の木曜日を希望にして、1週間を耐えた。

1週間・10,080分のうちの、60分。
割合にすると、約0.6%。

さながら砂漠のオアシスのように「このわずかな時間に行き着けるから、なんとか生きながらえている」みたいな感じだった。

上司は翌年の4月に異動していった。
人生でいちばん、時の流れが遅い9ヶ月だった。




上司との関係がなくなった後も、レッスンを受けている60分間は、魔法にかけられたように他の何もかもから離れることができた。

肩書、記憶、悩み、ToDo。
自分が何者か。どんなことに関わりがあるか。

そういうことを考える隙は一瞬もなくて、「タップを踏む以外のことはよく分かりません」みたいな人間になれる。

とても不思議な感覚だった。

この感覚って、なんて呼べばいいのだろう。
わからないけど、最高だ。


そう思いながら毎週レッスンに通い続けた。


そして去年、ひょんなことからその名前がわかった。

なんの番組だったかは忘れてしまったのだけど、『バカの壁』で有名な養老孟司先生のインタビュー映像を観た。

その中で、先生はこんなことを話していた。

幸せとは、幸せについて考えないこと。
「今の時間、幸せだったな」と、振り返ってみて初めて気づく。
それが幸せ。

うろ覚えですみません
先生は虫のことをやっているとき幸せだそう



あの不思議な感覚ってもしかして、「幸せ」だったのか。

私はそう気づいてめちゃくちゃ驚いたし、一方でめちゃくちゃ納得した。

あの長い9ヶ月のあいだ、私は毎週木曜の60分で「幸せ」をチャージしていたのか、と。

1週間のうちの、たった0.6%の時間だけど、それが「幸せ」な時間だったとしたら、あの高揚感の理由も、強すぎる癒しの力も、異常なコスパのよさも理解できる。

「幸せ」という、超ハイパワーエネルギーを充填できていたから、わたしはなんとかなっていたのだ。


もしタップダンスを始めていなかったら。
週に60分、幸せな時間をもてていなかったら。
私はどうやってあの9ヶ月を乗り切ったのだろう。あまり想像したくない。


7年前の7月、タップダンスを始めてくれた自分に、感謝とグッジョブをどっさり贈りたい。

昨日よりかっこよく踊れるようになりたい。




いま私は、勤めていた職場を辞め、複業フリーランスとして活動している。


いくつかの仕事のうちのひとつが、タップダンスのインストラクターだ。生徒として通っていた教室で少しずつ、レッスンをもたせてもらっている。


複業フリーランスという働き方を選んだのには色々理由があるけれど、そのココロの大部分を占めるのが「望むままタップダンスに時間を使いたいから」だ。


タップダンスのための時間を中心に、仕事や生活を組み立てる。


時間的にも収入的にも、なかなかうまくいかないけれど、その困難や試行錯誤は決して辛いものではない。なんとか実現してやるぞ、という前向きさに支えられた、やりがいのあるチャレンジだ。


タップダンスがくれた0.6%の幸せは、わたしをダンス好きに変えてくれただけじゃない。


わたしの働き方・暮らし方も変えてしまった。

そしていまの働き方・暮らし方は、過去イチで「幸せだ」と感じる。


とはいえタップダンスインストラクターの仕事は、まだまだ駆け出しだ。


ダンスの技術も、教え方も未熟。
上手くなるためには、絶ゆまぬ・終わらぬ精進が必要になる。

アンパンマン体操も上手く踊れなかった私が、ダンスというセンスが問われる芸術・芸能の分野で仕事をするのは、大変どころの話じゃないと思う。

練習ではいつも、なんでイメージどおりに踊れないんだろうって地団駄を踏む。タップシューズで地団駄を踏むと、それはそれはガキくさい、甘ったれた陳腐な音がする。

長く厳しい、先の見えない道のりに、足がすくむ。


でもいま胸を張って言えるのは、タップダンスが大好きで、教えるのも楽しくてやりがいがあって、もっと上手くなりたくて、きっと上手くなれると確信している、ということ。

タップダンスは、ダンス嫌いの私をダンス好きに変え、人生でもっとも辛い時期を乗り越える力をくれた。


そして自分の心から望む働き方を始めるきっかけとなり、生活の核となり、心のエンジンになってくれている。

タップダンスは、私を良き方向につれていってくれた。きっと、これからもそうだと思う。

タップのステップをかっこよく踏めるようになればなるほど、私の人生の足取りも、きっと軽やかになっていく。

そう信じている。

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