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持続可能な肩書

 私が運営している店舗「AND BOOKS」はブックバーなのだが、古本販売もしていてちょっと変わった業態だ。それでも大元は飲食店なので、生き馬の目を抜くこの業界のこと、いつ何時閉店に追い込まれてもおかしくないのだ。今般のコロナ禍において、そのリスクは臨界点を突破していて、私が通っていた幾つかの店もいつの間にか姿を消している。とても悲しい。「いつまでもあると思うな親と行きつけの店」なのだ。
 今年度、この「ふみづくえ」執筆陣の一人に選んでいただいた。大変光栄に思いつつも、それと同時に果たして年間を通じて自分にできるのかとも思った。かつて、前田日明は新日本プロレスにUターン参戦した際に、太宰治から引用して「選ばれし者の恍惚と不安、二つ我にあり」と言ったが、今まさに私がその心境なのだ。
 私は「ブックバー店主」という肩書で選んでいただけたと思っている。他の執筆者もそれぞれの肩書を元に選ばれたのだろう。人となりを知るには、その人が何をやっているのかが重要なファクターで、それが他者からの認知や評価のスタートになるのだ。だからこそ今回のオファーを承諾するか逡巡したのだ。
 私以外の執筆者は外的要因によってその肩書がなくならない。自分の意思で持ち続けられる肩書で、いわば「持続可能な肩書」なのだ。翻って私の場合はそうはいかない。前述のように吹けば飛ぶような小さな飲食店なので、お客さんに来て貰えなければ当然店は存続できなくなる。火の車と自転車操業を同時に乗りこなすような乗り物好きなので、あっという間に閉店ガラガラになってしまうだろう。そうなるとオファーしていただいた肩書ではなくなってしまうのだ。果たして「元ブックバー店主」という架空請求のような実態のない肩書の人にも書かせてくれるのだろうか。
 先日、この紙面を担当する文化部の方にお会いする機会があって、この疑問をぶつけてみた。その反応は「あぁ・・・」と言ったきり口をつぐみ、視線はさまよった。私の口から出た疑問の文字は宙空で石となって、そのまま床に落ちて粉々に砕けてしまった。どうやら私は開けてはいけない扉を無邪気に開けてしまったようだった。
 しかしながらプリミティブなポジティブ思考の私はこれを無言のエールと受け取った。文化部の方は「そうならないように頑張りなさい」と慈悲の心で私の脳に直接語りかけてくれていたのだ。たぶん。
 このような理由で、私は少なくとも今年度内に店を潰すことはできないのだ。来年3月まで5週間に1回のペースで順番が回ってくるこのエッセイを書き続けるため「ブックバー店主」の肩書を死守しなければならない。完全に事の順序が逆転してしまっているが、気にしない。
 とは言っても飲食業界にはまだまだ厳しいこのご時世。今後もし、この欄に私が登場しなくなったら、そういうことなんだとお察しください。

デーリー東北新聞社提供
2022年6月8日紙面「ふみづくえ」掲載

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