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癒しの放浪

 いつも日曜日に行くカフェがある。観葉植物が沢山おいてあって、まるで外観からは想像もできない、緑と酸素に満ち満ちたカフェで、それを身体が本能的に感じ取るのか、はたまた、私の思い込みのせいなのか、深呼吸を自然としてしまう。一度足を踏み入れてから、ニックと私は、そのカフェの日曜日の信者となったのだ。まるで人々が毎週の日曜日のミサに行くように。

 そのカフェには、インドネシア出身のバリスタの男の子が働いている。実は、彼は私が違うカフェで読書をしていた時も気さくに話しかけてくれた子で、偶然にもまた、このカフェで再会したのだ。彼は音楽が好きで、特にメタルが好きで、Black PantherやMetalika、Toolとかも好きだ。必ず着ているバンドTシャツがまた一癖あって、いつも話の種になっている。彼の接客スタイルは、会話でのコミュニケーションが基盤になっていて、“あぁ、これだよな~”と、私がニュージーランドの好きなところの一つを思い出させてくれるような、そんな空気を纏っているのだ。

 いつものアールグレイを頼み、その変わらない香りに気をとられている時、彼はいつもの様に“Hey, how are you guys!”と来た。今日はToolのTシャツだ。一通り世間話をした後、日常の平穏を乱すように、彼は自身が転勤することを教えてくれた。どうしようもないビザの関係での転勤だった。今日がここでの最後の日なんだ。

 そんなに遠くない場所への転勤だったけれど、なんだか心はすっかり萎んでしまって、私の紅茶も一気に冷え切ってしまった。きっと彼の納得のいくコンデイションに出会えたのだと思うけれど、なんだかそっと水をもらえるのを待っている、お店の隅にある少し乾いた土にゲンナリしそうな、ピースリリーの様な気持ちになった。今日、会えて良かった。教えてくれて有難う。そんな言葉を交わして終わった。

 ビザか…あんな陽キャに見えていた彼だけれど、ものすごく悩んだかもしれない。私たちは彼のことを深く知っているわけでもないけれど、お客さんと会話を紡ぐ彼は、間違いなくこのカフェの空気を浄化していたように思う。葉が光合成をし、綺麗な酸素を生成するような。私たちはあくまでお客さんで、彼は私たちが彼のことを、またこの場所をオアシスだと思っているなんて、もしかしたら余計なお世話って感じかもしれない。それでも、私も移民の一人として、彼を応援している。転職先も教えてもらったので、機会を見て覗いてみよう。


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