藤井風「まつり」はボーダレスな桃源郷の「フェスティバル」
「まつり」「ハレ(非日常)」と「ケ(日常)」の感覚は世界共通
藤井風がセカンドアルバム「LOVE ALL SAVE ALL」を発表した。中でも「まつり」は「第二のデビュー曲と言ってもいいくらい、今の自分にとって大事なお祝いソング」と話していた。アルバムをけん引する曲としてもパンチの効いたこの曲。オリエンタリズム(東洋趣味)と多国籍感を意識したMVにも、大きな意味があるように感じる。
歌って踊って祈る「まつり」
人間は古代より、全ての生きとし生けるものに感謝し、自然を恐れて祈りを捧げてきた。
「祭礼」では民衆が「ふだん着」から「ハレ着」へ着替え、「祭囃子」や「神楽」などで歌い踊り、神仏への感謝や祈りを捧げる。「まつり」は「祭り」で「祀り」、「奉り」でもある。
「まつり」は日常の「ケ」から「ハレ」にスイッチングし、音楽や舞踏によって非日常を楽しむイベントでもあった。現代では野外での「音楽フェス」などが、よく知られている。
「まつり」はシャーマン(超自然的存在と直接接触・交流・交信する役割を主に担う役職。呪術者・巫・巫女・祈祷師)が中心となり催される。MVでの彼は、まるで「シャーマンとしての藤井風」を演じているように見える。
「まつり」で藤井風は、民衆と共に体をゆるく揺らしながら踊る。その様相は「燃えよ」で見せたプリミティヴなダンスとは少し異なる。だが、むしろ「燃えよ」の発展型であると言ってもいい。
「燃えよ」で藤井風は水たまりに飛び込み、シャーマンまたは神の化身に変身する。水を介することで現世(日常)からトリップし、異世界で精霊たちと共に歌い踊る。そして「穢れ(けがれ)」を落とした彼は、スッキリした表情で、また現世へ舞い戻るのである。
「まつり」では、ふだんの日常(ケ・現世)から「ハレ」の非日常へトリップする。庭園には花がほころび、争いや諍いのない桃源郷のような理想郷が模されている。
踊る民衆には藤井風の姿が見えていないかのごとく、彼らとは視線が合わない。楽しげな民に比べ、藤井風は無表情だ。盆踊りのように、ゆらゆら踊る様子は、まるで仙人のよう。竜宮城における乙姫のような精霊的雰囲気を醸している。
MVに出てくる三色団子は浦島太郎の持ち帰った玉手箱のように象徴的なもので、団子を食べた者は、もう現世へは戻れなくなるのでは?と思うほどだ。
彼岸に公開することの意味
そして、注目したいのは公開日。3/20は「彼岸」なのだ。
日本においては墓参りの時期。歌詞にもあるように「生まれゆくもの死にゆくもの~」まさに「あの世とこの世」が交錯し繋がる日。「彼岸」にMVが公開されたのも、何かしら意図するものや、意味があるような気がしてならない。
「和」=「peaceful(ピースフル)」な「祭り」で「祀り」で「奉り」
「まつり」は地方だけでなく国境、人種、宗教を超えた、まさにボーダレスなフェスティバル。「和風」を徹底的に前面に打ち出した楽曲とMVだが、同時に「和」とは「和を以て貴しとなす」=「peaceful(ピースフル)」の「和」でもある。
サウンドも多国籍 これぞボーダレスな藤井風
サウンドも多国籍な雰囲気だ。
ピアノのイントロからつながる篠笛の音、和太鼓は東洋的。サビで繰り返される「まっつーり」のヨナ抜きペンタトニックフレーズもキャッチー。親しみやすく、誰にでも歌いやすい音程とフレーズの繰り返しなのもいい。
これは世界や、日本全国津々浦々で開催される「〇〇フェスティバル」や「○○音頭」、祭囃子にも共通する。国籍や文化を問わず、老若男女が親しみやすい音楽は、まさに多文化フェスティバルにピッタリだ。
柔らかい和楽器の音色と、対照的なディストーションの効いたギターが響く場面は映画「キル・ビル」のよう。ゆるく弛緩した「まつり」の中でピリリとしたアクセントになっている。東洋と西洋のみならず、新旧の楽器がハーモニー(和音)を奏でる「和(peaceful)」な世界が繰り広げられる。
涅槃寂静へ到達できる?
藤井風はMVのラストシーンで、まるで涅槃像のように横たわって目を閉じてしまう。まるで自ら神仏コスプレを楽しんでいるかのようだ。
今も世界中で「争いごと」が起き続けている。
国際的な紛争から、個人が胸の内で抱える小さな揉め事ごとまで。色々あるけれど「まつり」で歌って踊って、しばし俗世の憂きことは忘れて。
最後の「何にせよめでたい」の一言は、江戸時代に民衆が「ええじゃないか」と唱え、踊り狂った騒動を想起させる。
藤井風のように「何もかも既に持ってる」ように見えても、凡庸な人間にはわからない辛さや孤独を感じることもあるのだろうけれど。
…なんてアナタ、悟りを開いたお釈迦様ですか?
ただただ、音に乗る言葉を探して紡いでいるだけの天才、藤井風。
伝えたいことはもっと高尚?こんな単純じゃない?それとも…?
悟りには、ほど遠い凡夫のわたしは「まつり」を好きに解釈させてもらいました。このご時世だし、何も知ったこっちゃないし、書いて出したからにはあとの「まつり」ですしね。知らんけど。
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