おもち、壊れる
その日のおもちは疲れていた。
朝から先輩に絡まれて、溜め込んでいた書類にやっと目処をつけ、同期に手伝って貰ってweb会議のセッティングをして、昼一番にやったその会議の報告書を書き終えたところだった。
というのも、その日おもちは業後に呑みの予定を抱えてウキウキで、なんとしても残業だけはするまいと前日から躍起になっていたのだった。
昼の会議は予定よりかなり早く終わっていて、特別なこともなかったのであっさり書き終えた報告書をボスにチェックしてもらっていた最中であった。
終業まであと1時間程度で、おもちはボスから頼まれていた追加の仕事の準備に取り掛かっていて、先輩とおもちに年が比較的近いお兄さんが話しているのをなんとなく聞きながらパチパチと手を動かしていた。
会話の内容は酷く他愛なくて、諸経費の値上がりの話からなぜか焼肉の話に発展して、お兄さんが叙々苑に行ってみたいけど高いなどと話しているところだった。
先輩は「じゃあ、(ボス)さんにお願いして連れて行って貰えば? ボス〜って」などとボスに絡んでいた。絡まれたボスは「じゃあ送別会かなぁ」などと呟いた。
それを聞いて先輩は「じゃあ(ボス)さんの「じひ」で」と告げた。
ここまではまあいつもの流れで、問題はこの後だった。
「このじひは自腹の「自費」と慈しみの「慈悲」の二つの意味があるから(`・ω・´)」
小さくぼそりと付け足された先輩の解説におもちは小さく吹き出した。
先輩、40のおっさんなので割と高頻度でくだらねえおじさんコメディを発動するのだけど、隣のおもちは普段はけろっとかわしている。
だけど今日のおもちは違った。疲労と緊張からの解放とあまりにもくだらなすぎる親父ギャグに心の底から笑ってしまった。もう笑うというかツボに入ってしまって止まらなくなっていた。
めちゃくちゃ笑ってから、一旦深呼吸。だけど冷静になるとまた面白くなってきて、小さく一人でくすくす笑い始めた。
お兄さんはおかしそうに「ツボ入っちゃった???」とこっちをみていた。
「今日なんかダメかもしれないですwwwwあはははwwwww」
「お茶飲めお茶」
「おやつ!おやつ食べるwwwww」
「吹き出すなよ?ww」
「ねぇwwwwwやめてwwwwww」
などと言い合いながらおもちは机にひっそりストックしているドライフルーツに口をつけた。
はむはむとあんずを食べながら呼吸を整える。やっと息を整えて、目に溜まった涙を拭っていると先輩がこちらを覗き込む。
「涙目じゃん」
「もうほんと勘弁してください、疲れた」
すると先輩はやや考え込んでから「みてみて」とこちらに呼びかけた。首を傾げながら振り向くと先輩は自分の肘を指差して、
「じーひー」
てめぇふざけんなよ。
いつものおもちなら「は?」と返すところなのだけど、今日のおもちはとにかくぶっ壊れていた。
もはやじひのくだりが面白いから、先輩がなぜか笑かそうとしてくるという状況と死ぬほど笑ってしまっている自分が面白いという最悪の悪循環に陥っていておもちはまた吹き出した。
机に突っ伏して笑い転げるおもちに仕事に戻っていたお兄さんは「なんで!?」と困惑、先輩は楽しげにニヤニヤしていた。ボスは若干引いてた。ごめんボス。
「俺何もしてないよ?」「あたし今何されても笑うからwwwwwwあはははははwwwwww」
というわけで事務所には笑い転げるおもちという奇妙な現象が発生した。
そのあとはもう最悪で、落ち着いたと呼吸を整えるたび、先輩に伺うような視線を向けられ、それだけで笑うというなんでも面白い状態で、先輩は無双状態だったしおもちは酸欠だった。
しかも、さすがに電話に出られないだろうと珍しく先輩が出た電話がおもち宛で、ヤバいと思ったものの意外と電話口では冷静だった。仕事はしてた、偉い。
先輩は自分の存在がおもちにウケてしまっていると気付いたらしく電話の間席を外してくれたのでそれもあって落ち着いていた。
そんな折、うちの大ボス(副部長)が申し訳なさげにおもちに近付いてきて、
「おもちさん、来週個別ミーティングしましょう」
と提案。というのもこれは別におもちが壊れたから実施されるものではなく、定例の面談で、おもちを除くみんなは今日やったけどおもちは会議なんかでいなかったから来週やろうねという打診だった。
おもちはすんなり頷いて、「来週いつでも空いてます!」と元気よく返事をした。
「テーマ決めないといけないんだけど何がいい?」
「あー、隣の人が笑かしてくるんですけどどうしたらいいですか?命の危機を感じます」
「なんのハラスメントだろうねぇ」
私は大ボスが大好き。
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