リハビリテーション家の2025年~私の棚卸③~理学療法士養成学校 ”続”後編
今日の閲覧写真は、私がいつも出勤前に立ち寄る、仲間とやっている畑です。。大きな幹線道路への積雪はありませんでしたが、瀬戸内で珍しく・・・山際に雪が積もっていました・・・。。寒かったです!
今日は、昨日からの続きを書きたいと思います!昨日で終われなかった・・リハビリ学生の私がリハビリの必要な骨折になってしまい・・出逢った皆様に感謝!という続きから
今日もおつきあい、ありがとうございます!
1.手術後の入院生活(1990年代後半頃)
入院生活は、大変でしたし、今年卒業できないショックもありましたが、まあ、さすがは大学病院で、色々な方が入院していて、大部屋に移ってからは、もともと遠洋漁業をやっていた漁師の方や、若いのに私よりも複雑な怪我で入院している高校生の子や、症例数の少ない整形疾患の、若い綺麗な楽しい私より年上のお姉さんや・・・みんな友達となり・・・。退院後は、皆さんにもお世話になりました。。ありがたい!皆さんお元気かな???今ならすぐにLINE友達になっていたな。。当時はなかったからな。
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2.私がリハビリ学生の”症例”へ!
まあ、それはよしとして・・・・手術後、当然ですが、すぐに体重をかけて歩くことはできず・・・血液がいきにくい部位を骨折したので、手術はうまくいきましたが、大腿骨頭が壊疽する可能性が0%になったわけではないので、しばらく、全く足をつけない期間(NWB)もながく・・・当然、リハビリテーションが必要で・・・。大学病院のリハビリ室へいくのが、最初、恥ずかしかったのを覚えています。リハビリの学問を教えていただいた先生達ばかりが周りにいて・・・。松葉杖ついていると、後ろからそっと先生が来て、『俺、そんな感じで松葉杖の付き方教えたっけ???もっと上手にやり!』とか・・・色々、担当以外の先生方からもご教示いただきながら・・・でした。
ちなみに、私の通っていた学校は、リハビリが専修学校と大学にあり、その中で大学3年生のリハビリ学生さんたちの、担当症例になることとなりました!(きっと、ここまで書くと、もう、わかる方にはどこの学校か?すぐにわかってしまいますね。笑・・)今考えると、きっと私より、学生さんたちが一番やりにくかっただろうな・・・と思います。
ただ、私を担当し得てくれた学生さんたち一生懸命。。私も自分が評価実習をした頃を思い出しながら・・・。私がリハビリ学生としてやらせていただた患者さんの気持ちを心身とともにリアルな経験をさせていただきました!
私を担当してくれている学生さんの、やりたい内容も大抵わかるから、余計に実施する学生さんの手が震えているのもよくわかり・・・。でもその震えが、とっても怖く、より患者さんを不安にするのだな~と。。身をもってわかりました。
実習3週間、無事終わり、よく頑張ってくださいました!その実習が終わったくらいに、私は、下宿に部分荷重のままで退院となり、その時、担当してくれた学生さんが、わざわざお見舞いに来てくれて(今だと多分できないですが・・)、『Tamo隊長で症例発表までさせていただきました!ありがとうございました!』と・・・(笑) S君元気かな??
3.だぶり3年生の2回目のはじまり・・・
3月末、一緒にダブった仲間たちの卒業式に、そっと出席し、皆の晴れ姿を目に焼け付けました。自分も来年は、ここに立つ!と!!決意新たに!
また、だぶり2回目の春から冬までは、もっと早かった・・・ただ、入院していた時同部屋だった友達や、今年ダブった仲間たち、一緒に入学した同期生などもいて、とても楽しく過ごさせてもらい、当然ですが無事に卒業試験をクリアーし、国家試験も自己採点では合格!晴れて、待っていただいていた!3期目の実習病院へ就職さえていただくことができました!
たしか3月1日が卒業式でしたが、その翌週から、就職先の病院でお仕事をさせていただきました!当時、色々と融通が利きやすかったこともあり・・・でもとても晴れ晴れしく、待っていただいていた感謝とともに、そこで働ける喜びに浸りながらでした!
ただ、私の頃の国家試験の正式発表は5月であり・・・当日は、仕事全く手がつかず・・・所属先の学校から、受験したもの全員合格しました!のお電話を受け、H先生、M先生たちと喜んだことを覚えています!今ほど、ネットで確認があたりまではなかったように記憶していますが、そちらより電話が早かったです。。(笑)ありがたいことです。
結局2000年から社会人をスタートしました!
当時、介護保険と聞いても、まだぴんと来ない・・・国家試験に出てきたな~の頃。働き出していばらくは、簡単、複雑での算定、超早期高齢者といてって、老人の方の骨折であれば、当時リハビリ1回が9000円近い儲けのあった時代です。。患者さんたちの負担もゼロ、1割負担とても少なく済んだ時代です。。
リハビリテーションについて、高齢者の多い病院ではありましたが、すでに実習の時からでしたが病院と介護事業体が1つの建物にミックスされた法人で・・・。多分当時は、県内にうちしかなかったのではないか?と思う・。
でも、脳性麻痺のお子様も来られていて・・・本当に、色々なリハビリテーションについて臨床での勉強をさせていただいたし、Off-the-jobで研修にもいかせていただき、様々なリハビリテーション知識、技術を体得させていただきました!(呼吸リハビリテーション、IPNF、Bobath等々)など、色々なものを学ばせていただきました!本当に感謝です!
当時は、リハビリ雑誌の裏や、論文投稿の下に勉強会や学会の案内が出ていて、そこから探し、申し込みをしたりと・・・楽しかったです!
4.あとがき
今日はこのあたりまでにします!私が恵まれているのは、どんな境遇になっても、周りの方々に、大変恵まれていて、多くの出逢いと学びのご縁をいただけています!これは大変ありがたいことです!!
全て描き切れているわけではなないですが・・・
当時リハビリ担当いただいたS先生、リハビリ養成学校Ⅰ先生、A先生、S先生、Y先生、皆さん、ありがとうございました!また、今もご指導いただいているH先生、M先生ありがとうございます。
この時期に出逢ったすべての方々へ!ありがとうございました!
次回・・何を書こうか・・・。私の社会人始まったばかり・・