トレイルランナーのモラル
地元のトレラン大会の様子が知りたくて出走してみた
観光を兼ねて日本各地のトレラン大会に参加していました。
最初は「楽しいー」で気持ちよく帰れたけれど、この趣味を20年近く続けていると、現状や課題を否応なく考えさせられ、またなんとかならないかとも思ってきました。
今回は昨日出走したトレラン大会の様子から考察しますが、どの大会でも課題はほぼ同じだと思っています。
そして、特にビギナーのトレイルランナーやランナーさんにお伝えしたいことがあります。
ぜひ、主催や参加ランナーのモラルのいい大会を選んでください。
主催によって、ランナーのモラルは相当違います。悲惨なモラルしか持ち合わせないランナーが多数の大会ばかり出走していると、それが当たり前の認識になります。
いずれ、貴方も「最低なランナー」と言われることとなりかねません。
私はトレランやマラソンについてはあくまでも副業の趣味であり、元々登山者ですし、学生や社会人団体で登山を学び続けている人間ですので、余計にトレイルラン大会は色んなことが気になってしまうのです。
悲しいかな、トレランを始めてから5年もすると、悶々としながら走ることばかりになったように思います。
地元のトレラン大会について
地元京都には京都一周トレイルがあります。
京都府山岳連盟では清掃登山やコース整備を行なっています。
社会人山岳会から担当理事が選ばれることもあり、私は府岳連の事業に関わらせて頂く機会もありました。
コース整備、トレイル道中にあるトイレの整備。
本当に大変な労力を費やしています。
今回参加したトレラン大会は、巷の評判ではどうも地元への配慮に乏しいらしいとの噂を聞いており、そのために、大会の存在は知っていながらも参加せずにいました。
春秋の開催は理解を得られないことから、またあえて真夏の開催とすることで、その特色を打ち出したいという思惑も見えます。
結果としては、数年ぶりの平地暮らし、おまけに今年は猛暑、最近は勉強に時間を割いていて練習不足とあって、熱中症を騙し騙し和らげながら進んでいたため、時間の貯金がなくなりリタイア。
京都一周トレイルは、比叡山頂付近以外はまともに風が通りません。北方に京都北山が広がる故に、こればっかりはしょうがないのですが、ただでさえ暑いと言われる京都で、しかも真夏にトレラン約60kは相当クレイジーです。
それでも暑さ順化したトレイルランナーは完走してしまうのですが、熱中症では死ななくとも後遺症が残ることもあるため、今後は、真夏の大会は、年の気象条件によって開催可否を柔軟に対応する必要が出てきそうですね。
休まないランナー
そんなことをすると、「なんで開催しないんだ」とエントリー者からクレームが来ることも想定されそうですが…。
では、熱中症でヘロヘロになったとき、歩みを止めて安静にし、ある程度の時間を休憩に充てて、冷と飲料を摂ることができますか?とトレイルランナーに問いたい。
体調が悪くなれば登山を一時中止して、応急処置を施す。これは登山者にとっては当たり前のことです。
向山で多数見受けられた、ヘロヘロになっていても、進まないといけないからと、登山道の脇を踏み、近くの立木にテンションをかけまくって前に進む選手たち…
本当に山がかわいそうです。
地元の京都トレイルをそのような形でダメージを与えるのは本当にやめて頂きたいです。
登山では「勇気ある撤退」の難しさがよく話に上がります。
登山者の立場からトレラン大会やマラソン大会を見ていると、「勇気ある撤退(リタイア)」は負けとみなされ、勝者ばかりにスポットが当たる現状があります。
マラソン大会はともかく、トレラン大会は入山行為です。計測すると、順位をとらずとも、勝ち負けに繋がります。それが「勇気ある撤退」が軽視される現状に繋がっていると考えます。
そもそも、自分のコンディションは常に御自身で把握して適切に対処していただきたいのです。
前に進めてるから大丈夫は、完全に手遅れです。
登山者でこんな人いたら、間違いなく非難されます。
かくいう私は、向山を越えるだけで計30分近く座り込んで休んでおりました。クラクラしながら進むこともできたとは思いますが、長年登山をやっていると、そんな状態で進むことの違和感がすごくて。
各地の大会でもトレイルランナーらしからぬ休憩の仕方をするのですが、プロのトレイルランナーでなければ、ゴールまでコンディションを持続させるために、しっかり休んだ方がいいと思っています。
休みすぎると私のように時間切れになるので、日頃の練習は大切ですね…肝に銘じようと思います。
自分さえよければいいランナー
これは本当にもう、京都に来ないで頂きたいレベルでちょっと憤慨してしまいました。
主催者は、スタートに先立って、京都一周トレイルのレースコースは、京都府警の協力や各機関との協力があって成り立っていること、またその存続のために、絶対に決めたルールは厳守だと伝えていました。
具体的には、車や観光客が多い区間では「歩行区間」を設けており、特に貴船口駅から鞍馬駅までは完全に走行禁止となっていました。
なのに、関門時間が近いからといって、スタッフがいなければ平気で走る。
時刻は14時前、当日は周辺にはたくさんの観光客の姿もあり、大型バスも通行していました。
時間が足りないのは、ランナーの都合です。走っていい訳ありません。この歩行区間が気になるなら、速歩の練習でもしておくべきだったと思います。
京都はただでさえ道が狭く、歩行者、自転車、バイク、車との間で色々とギクシャクしている中、観光客も戻ってきたことで、その交通事情や対観光客事情はかなりセンシティブになっています。
また、落合〜清滝の川沿いのトレイルは、午前中に散策をされる方も多い区間です。譲り合って通行させてもらうどころか、前のランナーが通ったからといって、全く減速なしに、対面のハイカーを無視して走行するなど、私にはちょっと訳がわかりません。
かなりムッとされていたハイカーの表情がわからなかったのですかと聞きたい。
いつまでも途切れることのない長蛇の列。結局諦めたようにハイカーさんの方が譲ってくれましたので、「すみません、ご迷惑おかけしてます」と謝りながら歩いてすれ違いましたが、そのすぐ後ろからは「何歩いてんだよ、さっさと走れよ」という圧がひしひしと伝わってきます。
エイド地点となっていた「山の家はせがわ」さんは、遠方からも車で訪れる人がよくいるおいしいハンバーグ屋さんです。
ランナーのピークは11時頃。スタッフが「車入ってくるから避けて」と何度声をかけても、暑さでヘロヘロになったランナーはどこうとしません。
あれは…はせがわのお客さんは怒っていいと思います。
はせがわの外に備えつけられていた、京都トレイルのハイカー用のトイレは、ランナーのトイレ待ちで20分程の大渋滞となっていました。あのトイレの清掃やトイレットペーパーの補充は、主催者がされるのですかと聞いてみたい。
参加人数が多すぎる
結論。今回の某大会は、どのエイドでも水やスポーツドリンクの補充を待つ大行列。トイレも大行列。そのため、男性ランナーはあちこちその辺で用を足す。
完全に運営の、また登山道のキャパシティを超えています。
過去にいろんなトレラン大会に参加して、「ちょっとランナー多すぎかな?」と感じた大会もありましたが、今回は特に多すぎた。
言わずもがな、大会の開催には相当の費用と人的労力がかかっています。
最近NPO法人がこのような大会を主催するケースが多いのは、税制面から法人申請するのでしょう。そう考えると、大会の開催は決して儲かる事業ではないのだと思います。
各地で運営ボランティアをさせて頂いていると、その現状はよくわかります。
それでも収支を上げるために、過剰にランナーを呼び込むのはやめて頂きたい。
日本の山をめちゃくちゃにする気ですか、と。
私ですらそう思うのですから、トレランをしない登山者や、山が好きで山を住まいにしてしまった山小屋の住人の思いはいかほどかと考えると…。
その怒りの蓄積度合いは相当なものだと思いますよ。
もうトレラン大会は日本からなくしていいと思う
山というフィールドは、商業主義とは相性が悪いです。そもそも山は、どんな低山であっても人が簡単に死ねるフィールドです。
また、簡単に補充や修繕もできないフィールドです。
現状のような使い方をされるのであれば、トレイルランナーのレース後整備作業は必須にしてほしいと心から思います。
まあ、そんなことすると自分勝手なランナーは嫌がりますし、エントリー収入が集まらないから、する気のない主催者もいるのでしょうけれど。
そして、エントリー費用が安ければモラルのないランナーが増えるのかな、と今回の大会を通して思ってしまいました。
「安かろう悪かろう」になるようでは、私はそのような集団の一人とは思われたくないので、山を大切にしようという意識のある運営やランナーの集うイベントで、引き続きトレランのあり方について考えてみたいと思っています。
トレラン黎明期は、そもそも山を登れない、下れない選手がたくさんいました。トレランとひとくちにいっても、今よりは優しい地面の踏まれ方をしていたと思います。
トレラン大会は、日本にトレイルランというものが普及する役目を果たし、今では、大会ではなくレジャーとしてトレランを楽しむ文化も根付きました。
世界のトレラン大会を見本として、さらにトレラン大会を盛り上げる機運があることは知っていますが、長年登山で日本の山を歩かせてもらった者からすると、もう、日本ではトレラン大会の開催はやめてほしいのが本音です。
既に各地の山がたくさん傷ついているのは見ているのですが、急峻な地形やその土壌、近年の激しい気象現象を思うと、山の削られ方は一層進むと思います。
ハゲ山しか日本に残らなくなると、言わずもがな、土砂災害や保水力の低下により低地浸水で被害を被るのは、その地元の人たちです。
大会はやめて、個人で楽しむレベルでトレランを存続できないと、今後トレランの風当たりは増す一方だと思います。
登山やトレランの魅力はわかりますし、私もそれに魅せられた一人でもありますが、その魅力を後世の人にも残したいのならば、山を大切に扱ってあげてくださいと心から思います。
これを機に、私ももう少し、山と末長くいいお付き合いができるあり方を考えたいと思います。
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