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補足運動野(SMA)と運動前野(PM)の徹底解説

一次運動野だけじゃない!複雑な運動制御を支える高次運動野の仕組み
なるべくわかりやすく解説いたしました。お役にたてたら嬉しいです。

はじめに

私たちが日常生活で行うあらゆる「動き」
――たとえば歩く、物をつかむ、楽器を演奏するなど――
には、脳のさまざまな領域が協調的に働いています。

脳の中で運動を直接指令する中心的な領域としては、一次運動野M1: Primary Motor Cortex)が有名ですが、実はその背後には高次運動野(Secondary/Higher-order Motor Areas)と呼ばれる領域があり、運動を企画・準備・調整する重要な役割を担っています。

高次運動野の代表的な領域が、補足運動野SMA: Supplementary Motor Area)と運動前野PM: Premotor Cortex)です。これらの領域は、どちらもブロードマンの脳地図で「6野」に含まれる一方で、脳の内側面か外側面か、あるいは内的手掛かりか外的手掛かりかなどの点で異なる特徴を持っています。

この記事では、掲載している脳の図(内側面と外側面)を参考に、補足運動野と運動前野の解剖学的位置や機能的特徴、臨床的な観点まで、学習者の方にとってわかりやすく、かつ深く理解できるように解説していきます。

1. 補足運動野(SMA)と運動前野(PM)の位置関係

1.1 一次運動野(M1)の前方に位置する高次運動野

まず、大前提として一次運動野(M1)の存在があります。一次運動野は、中心前回に位置し、運動指令を最終的に脊髄へ送る中心的な役割を担います。

  • ブロードマンの領域:4野

  • いわゆる「運動ホムンクルス」が示される場所

高次運動野は、この一次運動野の前方に広がる領域の総称です。代表的なのが以下の2つです。

1. 補足運動野(SMA)
2. 運動前野(PM)

1.2 内側面と外側面の違い

脳を真ん中で縦に切って内側面(正中面)を見た場合、頭頂寄りの前頭葉内側に広がるのが補足運動野(SMA)です。一方、脳を外側面(横から)見たとき、一次運動野(前中心回)の前に広がるのが運動前野(PM)になります。

  • SMA:ブロードマン6野の内側面に相当

  • PM:ブロードマン6野の外側面に相当

このように、同じ6野でも脳の内側面を担う部分がSMA、外側面を担う部分がPMという大まかな位置関係があります。

2. 補足運動野(SMA)の特徴

2.1 解剖学的区分:pre-SMAとSMA proper

補足運動野は、さらに前後方向にpre-SMASMA properという2つの領域に区分されることがあります。

  • pre-SMA:補足運動野の前方部分。認知的・意欲的な運動の準備や学習に関与。

  • SMA proper:補足運動野の後方部分。運動の具体的プログラム化や連続動作の実行に深く関与。

2.2 機能:内的手掛かりと連続的運動シークエンス

(1) 内的手掛かりによる運動の企画

SMAは、自分の意志や動機付けに基づいて運動を開始する際に重要な役割を果たすと考えられています。外界の刺激がなくても、自発的に動作を起こす場面で強く活動することがわかっています。

(2) 複雑な運動シークエンスの計画

ピアノ演奏のように連続した動きを正しい順序で行う場合、SMAが活性化されます。運動を1つ1つの要素に分解して、それを時間的に正しく並べる(シーケンス化する)プロセスに関わっているとされます。

(3) 両手協調運動

左右の手を異なる動きで同時に協調させる際(バイマニュアルタスク)にもSMAの関与が示唆されています。SMAに病変があると、両手を同時に違う動作で連携させることが難しくなることがあります。

2.3 臨床的側面:SMA障害の特徴

  • SMA失行:複雑な連続動作のプログラミングが難しくなる。特に内発的に動作を起こすのが困難になる。

  • 両手協調運動の障害:バイマニュアルタスクの遂行困難。

3. 運動前野(PM)の特徴

3.1 解剖学的区分:PMdとPMv

運動前野は、さらに背側部(PMd)と腹側部(PMv)に分けられることがあります。

  • PMd(dorsal part):背側部。運動の空間的な計画、特に腕や手の位置・方向などを決める際に重要。

  • PMv(ventral part):腹側部。手指の形状制御やミラーニューロン系との関連が示唆される領域。

3.2 機能:外的手掛かりに基づく運動の企画

(1) 外部刺激との連合

運動前野は、視覚・聴覚・体性感覚などの外的手掛かりをもとに運動を企画・準備する役割が大きいとされています。たとえば、目で見た位置に正確に手を伸ばして物をつかむとき、視覚情報を統合して運動プランを作り上げるのにPMが重要です。

(2) 姿勢制御と近位筋の調節

運動前野は、肩や体幹など近位筋の制御を通じて、手足が動きやすいように姿勢をあらかじめ整える働きを持っています。

(3) 運動学習とフィードバック

新しい動作を学習する際、外部からのフィードバック情報を活用して動作を修正していく過程に深く関与すると考えられています。

3.3 臨床的側面:PM障害の特徴

  • 運動前野失行:外部刺激に基づく運動企画が困難になる。たとえば、視覚刺激に合わせた動作がぎこちなくなる。

  • 姿勢制御の不全:体幹や近位筋の制御が乱れ、バランスや協調運動に影響が出る。

4. 補足運動野と運動前野の比較

下表に、両者の特徴を整理します。

項目補足運動野 (SMA)運動前野 (PM)位置脳の内側面(正中面)一次運動野の内側脳の外側面一次運動野の外側ブロードマン領域6野(内側部)6野(外側部)主な入力手掛かり内的手掛かり(意思・動機・習慣など)外的手掛かり(視覚・聴覚・体性感覚)主な機能- 複雑な運動シークエンス- 両手協調運動- 内発的な運動開始- 外部刺激に合わせた運動企画- 姿勢制御- 運動学習・フィードバック臨床的障害- 内発的運動開始の困難- 両手協調障害- 外部刺激に対する運動企画の困難- 姿勢制御不全

5. リハビリテーションや臨床応用の観点

5.1 リハビリテーションのヒント

  • SMAが損傷された患者さんでは、自発的な動作を誘発しにくい場合があるため、内部モチベーションを高める工夫や、運動の連続性をサポートするようなトレーニングが有効な場合があります。

  • PMが損傷された患者さんでは、外部刺激(視覚や触覚など)に合わせた運動学習や、姿勢制御の再学習を重点的に行う必要があります。

5.2 補足運動野刺激や運動前野刺激

脳卒中などによる運動麻痺に対し、近年は**経頭蓋磁気刺激(TMS)経頭蓋直流刺激(tDCS)**などを用いてSMAやPMの活動を促進させる試みも研究されています。運動機能回復の新たなリハビリテーション戦略として注目されています。

6. まとめ

  • 補足運動野(SMA)と運動前野(PM)はいずれもブロードマン6野に含まれる高次運動野ですが、SMAは内側面、PMは外側面という解剖学的な位置の違いがあります。

  • SMAは主に内的手掛かり(自発的意志や学習)に基づく運動や、複雑な連続動作、両手協調運動などをコントロールするのに重要です。

  • PMは主に外部刺激(視覚・聴覚など)をもとにした運動企画や、姿勢制御、近位筋の調整、運動学習などを担います。

  • それぞれの領域が損傷すると、失行や姿勢制御障害など、異なる特徴的な症状が現れます。リハビリテーションでも、この違いを理解してアプローチを組み立てることが大切です。

一次運動野だけが運動を司っているわけではないという事実は、運動制御がいかに複雑で、脳の複数の領域が互いに連携し合って成り立っているかを物語っています。

補足運動野と運動前野をしっかり理解することで、運動に関わる脳科学や臨床リハビリテーションの世界が一段と面白くなるでしょう。

参考文献・関連資料

  1. Rauber’s Lehrbuch der Anatomie des Menschen. Abteilung 5 – Nervensystem

  2. Kandel ER, Schwartz JH, Jessell TM, et al. Principles of Neural Science.

  3. Brodmann K. Vergleichende Lokalisationslehre der Großhirnrinde. (1909)

  4. Rothwell JC. (1991) Techniques and mechanisms of action of transcranial stimulation of the human motor cortex. Journal of Neuroscience Methods, 38(2-3), 153–162.

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かずひろ先生(黒澤一弘|解剖学)
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