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初めて煙草を吸った日 [後編]

起業家という道を経て、今は二作目の出版を目指している橋本なずなです。

『 時間が解決するって言うっすけど、僕としては親父は長い単身赴任に出ているような感覚で… 』

太郎くんは熱弁するように、声を張って語ってくれた。

私が太郎くんに心を開くのに、長い時間は掛からなかった。

前編はこちらから

二軒目には私がよく行くお店に行った。
しんみりするのも程々に、馬鹿話にも花を咲かせる。

「 最近彼氏と別れてさー 」と話をすると、太郎くんは白々しく『 エ、ソウナンスカ 』と言った。
私のストーリーを見ているんだから絶対知ってるだろーと思いながら、私は “セクベ” が如何に大事であるか力説していた。

この日、私はやけに酔いが回るのが早かった。
それほど飲んだわけでもないのだけれど、散々な出来事のせいか、親の死を分かり合える人が居る安心感か、今振り返ってもかなりハイペースに酔っていたと思う。

悲しいことに、この辺りから記憶が断片的だ。

二軒目のお店を出ると、私は何を思ったのか太郎くんの家の近くに行こうと提案した。
タクシーを待つ間、太郎くんが紙煙草に火を付ける。

「 マルボロ?いつも紙なの? 」
『 紙と、アイコスも吸います 』

「 ふぅん・・・一口吸わせて 」

これまた何を思ったのか、私は太郎くんの吸うマルボロを加えて、すぅっと息を吸った。
そして深呼吸をするような要領で、ゆっくりと息を吐いた。

私は煙草を吸ったことが無かった。経験があるのは海外で吸ったマリファナだけ。

太郎くんにもらったそれは、クセも深みも強くない、乾いた草の味がした。
美味しいとは思わなかったけれど、悪い気はしなかった。

酔っ払い、幾つかの記憶を置いて来てしまったのに、煙草の銘柄と初めて吸った味だけは忘れない。
人生すべてをネタにする、作家としての魂だろうか。


私たちは三軒目まで行った。
階段を降りた先、地下にある薄暗く赤い照明のバー。
15畳も無いくらいの小さなお店で、アングラな雰囲気が漂っていた。

案内された席の向かいには、カラフルなネオンが眩しいジュークボックスが置かれていた。

私はコスモポリタンを頼んだ。
若かりし頃の母はタンカレーのジントニックを好んでいたようだけれど、私はもっぱらショートカクテルが好きだ。

シェイカーから注がれてグラスが鮮やかな色に染まる。その瞬間を見るのが好きだから。

私たちの会話は、親の死と馬鹿な話を行き来する。
太郎くんは『 普段はこんなこと人に話さないんすけど 』と言って、素直な気持ちを言葉にしてくれた。
酔った時に母の話をすることは “理性という心の門番の不在時に、普段は鍵が掛かっている心の扉を開くようなもの” で、危険であるとつくづく思う。

その証明に、私はいよいよ泣いてしまった。
太郎くんの右手が私の頬を伝う涙を拭い、『 わぁ、ごめんなさい 』と謝らせてしまった。謝りたいのは私のほうだった。


お店を出た記憶もおぼろげに、私は太郎くんの家に転がり込むと、ゴミ箱に向かって盛大に “お戻し” をしてしまった。

以前noteに書いたことがあるけれど、私はお酒を飲み続けている限りは滅多に吐くことはしない。
翌朝 目が覚めてようやく気持ち悪くなって、人知れず酒鬱に陥るという鉄板のコースになるかと思いきや、勢い余って吐き出してしまった。

『 はいはい、大丈夫ですかー? 』『 お水も飲んでねー 』と、慣れた様子で太郎くんに介抱される。
年下男子に世話をさせる年上の女。不甲斐ない。申し訳ない。恥ずかしい。

私は現実から逃げ出すように、間もなく眠りへと落ちて行った。


翌朝、太郎くんとともに家を出ると、私はタクシーに乗って家に帰った。
過ぎて行く景色を横目に、昨夜のことを思い返す。

私は、ただただ嬉しかった。
太郎くんの日常のなかに、私のことを考える時間があったということが。
太郎くんがお父さんの死を告白してくれたことが。そして、私に声を掛けてくれたことが。

太郎くんが今、どんな気持ちかは分からない。

同じものを抱えているというだけで、こんな気持ちになる私は単純が過ぎるのかもしれない。

けれど、私は気付いていた。
別れてから送られてきた < またご飯行きましょう > の一言を、社交辞令で片付けたくはないと思う自分が居ることを。

● 併せて見たい ●

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