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一期一会

エアラインパイロットの訓練は、主にシミュレータ(シム)と呼ばれる巨大な箱の中で行われる。ニュージーランドでは、実機を飛ばさなくても先回書いた「タイプレーティング」つまり操縦資格が取れてしまう。日本の場合は、、、知らない。

DHC-8は、二人で操縦する飛行機だから、訓練も二人ひと組になる。私のバディは、前職の同僚インストラクターのクリスくんだ。20代前半の前途有望な金髪小僧である。

で、こいつの頭の回転がまー早い。

予習なんかしなくても、その場で、直前に言われたプロシージャやセリフがちゃんと飛行機を飛ばしながら出てくる。頭の中に余分なスペースがたくさんあって、計算なんかもしっかりできる。

タイプレーティングの訓練は、操縦そのもの練習は最初の1回しかない。あとは全て「フライトのマネジメント」が訓練の主眼になってくる。あるタイミングまでに必要なタスクを全て完了して、飛行機を着陸態勢にするには、その一つ手前のこの段階でこの仕事を終えて、そのさらに前のここではこれを確認して、そのまた前には、、、とゴールから逆算してタスクを抜け漏れなく完了しなければならない。抜け漏れなくやるには、プロシージャといって毎回毎回決まったやり方と順序と言葉を使って、誰と、いつ飛んでも、同じやり方ができなければならない。

ところが、これを速度や高度を管理しながら、つまり、飛行機を「飛ばしながら」やるのは大変な負荷のかかる知的作業で、慣れないと難しい。皿回しをしながら決まった時間内に料理をするようなものだ。少なくとも、皿回しをルンルンでできなければそんな芸当はできないし、ルンルンでも、あらかじめどんな手順で料理をするのかを予習しなければ、時間がかかりすぎてしまう。どっちが欠けてもダメなのだが、クリスはその両方に長けていた。

私の場合は、良くも悪くも普通のパイロットなので、ミスもするし、抜け漏れはあるし、操縦は荒れるしで情けない思いをすることになる。英語のハンデもある。ただし、ミスから学べばいいので、別段落ち込むことでもないのだが、私の悪い癖は、人と比較をされて自分の評価が低い場合、それに引きずられてしまってさらにパフォーマンスがスパイラル状に悪くなることがある、ということだ。これはいかん。人と比較がない場合でも、たとえば自分の過去のダメなパフォーマンスを思い出してそれに引きずられることも同根だと考える。いわゆる、本番に弱い、結果が出ない人。orz

で、今回それを克服する糸口が見えたので、書いておきたい。自分が本番に弱い、と自覚する人には、もしかしたらヒントになるかもしれない。

思えば、インストラクターになった時からその気が出てきたように思う。それまでは、人並みに緊張こそすれ、本番に弱いというような感覚はあまりなかった。インストラクターになってから、フライトテストやチェックを「恐れる」ようになった。ダメだとは思っていても、どうしてもビビる自分がいて、どうして自分はこんなにしょぼいんだと嫌になることもあった。

今回シムをやっていて、10回の訓練のうち、最初の4回目くらいまでは、順調だった。最初は離陸のコールアウトや、どのスイッチをどの手順で操作するというような比較的単純なテーマだった。滞在先のホテルのロビーでクリスとソファーに腰掛け、A1大の紙に印刷したコクピット「紙レータ」で(英語ではCockpit Tigerと言っていた。なぜタイガーなのかはわからない)まるで雨乞いをするシャーマンのようにプロシージャの練習を共にしていたものだ。

ところが、訓練が進み、フライトのマネジメントがその主眼になってくると、自分とクリスの学習速度と習熟度の差が明らかになってくるにつれ、自分のパフォーマンスが相乗的に悪くなっているのが確認できた。言い訳をすれば、英語ってのがやっぱりでかいかもしれない。特に、数字はやばい。

たとえば「半径12マイルの円弧上を1マイル進む時にの角度が5度だ、この円弧に入ってからインバウンドまでだいたい60度進むとしたら、インバウンドに到達するまで飛行機は円弧上を何マイル進む?」って日本語で言われれば「5度で1マイルなら60度なら12マイルか」とすぐできるけど、英語で言われると、処理がhi-hoのダイヤルアップ回線かっていうくらい遅くなる。

とにかく、私が遅れ出すとクリスにも迷惑がかかる。シムの後の日程まですで決まっているので、レッスンやり直しなんてことになったらその後のライン訓練にまで影響が出てしまう。でも、ここでふと疑問に思った。習熟度の速度が違うだけなら、遅くても進歩はしているはずなのに、今までしなかったようなミスをしたり、頭の思考速度が極端に落ちたりすることがあるのは何故なんだと(スケジュール上、8時から夜中の12時というシフトで頭がぼーっとしがちなのもあるが、それはクリスも一緒なはずだ)。

で、気づいた。あれ、俺、単純に今ここに集中していないじゃないか、と。

ある日の訓練終盤、夜遅く。私はパイロットモニタリング(PM)と言って、主に飛行機を操縦するパイロットフライング(PF)であるクリスを補佐する役割を担っていた。前半は私がPFをやり、同内容のレッスンをPMとして繰り返す、というのが1レッスンだ。自分のPFが2時間弱で、PMをやると単純に倍になり、毎回役4時間ほど箱の中に入れられることになる。その間、頭はフル回転。疲労も蓄積する。

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