某言語学グループ研究発表会を終えて(卒業論文の「壁塗り構文」の項構造について)

本日、2023年3月5日、某言語学グループの研究発表会があった。そこで、私は、卒業論文の「日本語の壁塗り構文」について発表したのだが、そこでいくつも有益なコメントを頂いたので、このnoteにまとめようと思う。また、この研究発表会でお話しした卒業論文の内容とそこから生じる疑問点についてても紹介する。その前に、このようなアウトプットをさせていただき、そのコメントまでいただける機会は大変ありがたいという感謝の旨を述べておく。また、この会の感想として、研究をする際に、一人で考え込むよりもアウトプット&フィードバックがあった方が格段に研究が捗ると思った。そのため、自分も他人の研究の進捗に幾ばくかでも貢献できるように専門外の知識を蓄えていく重要性も感じた。

卒業論文の内容

以下では、壁塗り構文とはどういう現象なのか、先行研究と私の卒業論文でのargumentの内容について確認していく。

壁塗り構文とは

壁塗り構文の交替現象とは、(1)、(2)が示すように、移動物と場所の項が形態的変化なしに交替を起こす現象を言う。

(1)a. John sprayed paint on the wall. (「移動物を」タイプ)
  b. John sprayed the wall with paint. (「場所を」タイプ)

(2) a. ジョンが壁にペンキを塗った。(「移動物を」タイプ)
    b. ジョンが壁をペンキで塗った。(「場所を」タイプ)

先行研究(Kishimoto: 2001)とその批判


では、なぜ、このように同じ事態を2通りの言い方で述べることができるのだろうか。それは、項構造(動詞が必須とする名詞句の数と性質を記載したもの)の差に起因すると主張できる。そして、その項構造について、先行研究では(3)のように主張されている。その根拠となる名詞句のデータについてはKishimoto(2001)を参照していただきたい。

(3)先行研究:Kishimoto(2001)
「移動物を」タイプ:<動作主、場所、対象>
「場所を」タイプ:<動作主、場所>、移動物は付加詞

私の卒業論文はこの先行研究を批判し、(4)のように新たに項構造を提案した。

(4)卒業論文での主張
「移動物を」タイプ:<動作主、場所、対象>
「場所を」タイプ:<動作主、対象、道具>

「移動物をタイプ」については、先行研究との違いはない。主要な違いとしては以下が挙げられる。

(5) 先行研究との違い
①「で+移動物」を項とするか
②場所の意味役割
③移動物の意味役割
④道具と対象の統語的位置の差

以上の①移動物がなぜ動詞の必須項となるのか、②なぜ場所には「対象」、③移動物には「道具」の意味役割が与えられるのか、④< 動作主、対象、道具>の順番になっているように、なぜ「対象」の方が「道具」よりも構造上高い位置にあるのかについて以下に証拠となるデータを簡単に挙げる。

①移動物が動詞の必須項となる


以下は、①の証拠だが、例えば、(6b)の「場所を」タイプでは「移動物+で」が「山積みにする」にとって必須の後置詞句となるように思われる。このことから、(4)において「移動物+で」が「道具」として項構造に含まれているわけだ。(7)~(11)も同様に「移動物+で」が動詞の項として必要なように思われる。

(6)a. 太郎は本を机に山積みにした。
    b. 太郎は机を*(本で)山積みにした。
(7)a. 太郎がタイルを(床に)敷き詰めた。
    b. 太郎が床を*(タイルで)敷き詰めた。
(8)a. ジョンが(お茶碗に)ご飯を山盛りにした。
    b. ジョンがお茶碗を*(ご飯で)山盛りにした。
(9)a. ジョンが(腕に)包帯を巻いた。
    b. ジョンが*(包帯で)腕を巻いた。
(10)a. ジョンが(箱に)紐を結んだ。
      b. ジョンが*(紐で)箱を結んだ。
(11)a. 血が(腕に)滲んだ。
        b. 腕が*(血で)滲んだ。   (Kishimoto 2009)

②なぜ場所には「対象」の意味役割が与えられるのか

(12)から分かるように、数量副詞「いっぱい」が「壁」という名詞句を修飾している。このことから、「場所」は「対象」の意味役割を持つように思われる。なぜなら、数量副詞「いっぱい」は対象句を修飾するからだ。

(12) 太郎が壁をペンキでいっぱい塗った。(Kageyama 1980)

それゆえ、「場所を」タイプでは、(3)の先行研究のように<場所>という意味役割ではなく(4)のように<対象>という意味役割を持つ名詞句として項構造に含まれていると言える。

③なぜ移動物には「道具」の意味役割が与えられるのか


以下の(13)では、「名詞句+で」を「名詞句+を使って」に言い換えることができることから、移動物には道具の意味役割が与えられると主張できる。

(13) a.ジョンは壁をペンキで塗った。
      b.ジョンは壁をペンキを使って塗った。

また、(14)においてa, b, cを比べたとき、aが一番不自然であることから、移動物は道具の意味役割を持っていると言える。

(14) a. */?? 太郎が刷毛で壁をペンキで塗った(theta criterionに違反)。
      b. 太郎が裸で壁をペンキで塗った(「裸で」は描写述語)。
      c. 太郎が教室で壁をペンキで塗った([教室で」はlocative)。

敷衍すると、(14a)では「塗る」が「ペンキ」と「刷毛」両方に「道具」の意味役割を与えているため、非文となる。つまり、1つの名詞句に対して1つの意味役割しか与えられないというtheta criterion に違反しているというわけだ。以上①、②、③から、(4)のように「場所をタイプ」の項構造が<動作主、対象、道具>であると提案できる。

④< 動作主、対象、道具>の順番になっているように、なぜ「対象」の方が「道具」よりも構造上高い位置にあるのか

データとしてFula語(15)と英語(16)のデータが挙げられる。二重目的語構文において通常、構造上高い位置のものが受身化され、(15b,c)が示すように対象は受身化できるが道具は受身化できない。それゆえ、対象の方が、道具よりも構造上高い位置にある可能性が高いと言える。

以下の英語(16)の例は、名詞から動詞へのゼロ派生の例である。道具はゼロ派生が可能で、その条件としてゼロ動詞はその名詞をgovernしなければならない。そのメカニズムを(17)のtreeで表した。

(16) hammer the nail (cf. pound the nail with a hammer) (Marantz 1993: 146)

(17)から、道具が動詞の内項にあることが分かる。それゆえ、道具よりも対象の方が構造上高い位置にあると言え、(4)のように「場所をタイプ」の項構造が<動作主、対象、道具>の順番で記すことが可能であると主張できるだろう。

卒業論文の内容から生じる疑問点

以上が、卒業論文の主張の一部であるが、そこから生じる疑問点①~③についても見ていく。

①「で+移動物」は本当に内項なのか
②道具より対象の方が構造的に高い位置を占めるという日本語のデータはあるのか
③「塗る」(18)のような文脈から回復できる限り省略される道具を伴う壁塗り構文の動詞と「山積みにする」(19)のような文脈から回復されたとしても省略できない道具を伴う壁塗り構文の動詞の差は何か。

(18)壁を(赤いペンキで)塗る。
(19)机を*(本で)山積みにする。

①「で+移動物」は本当に内項か

まず、「で+移動物」が内項のような振る舞いをしないことを示すデータは、以下に挙げられる。(20),(21),(23),(24)は私の大学のAyano先生から頂いた例文だ。(20)~(22)のデータは、「移動物+で」が動詞と一緒に焦点部に出られないことを示している。

(20)a. ?ケンがペンキでしたのは壁を塗ることだ。
       b. *ケンが壁をしたのは、ペンキで塗ることだ。
(21)a. ?ケンがタイルでしたのは床を敷き詰めることだ。
       b. *ケンが床をしたのはタイルで敷き詰めることだ。
(22)  a. ?ケンが本でしたのは、机を山積みにすることだ
       b. *ケンが机をしたのは本で山積みにすることだ。

また、(23)の動詞句前置の例においても「移動物+で」と動詞が前置できず、道具が内項の振る舞いをしていないように見える。

(23)  a.?壁を塗りさえケンがペンキでした。
       b. *ペンキで塗りさえケンが壁をした。

しかし、「に」句が項の場合は、項の振る舞いをする。

(24) a. ケンがしたのは津駅に時間通りに着くことだ。
       b.*ケンが津駅にしたのは時間通りに着くことだ。

②道具より対象の方が構造的に高い位置を占めるという日本語のデータはあるのか

構造上高い位置の名詞句が受身化されるということだが、(25a)を受身化させると、(25b,c)のようになる。

(25) a. ジョンは壁をペンキで塗った。
      b. 壁がペンキで塗られた。
      c. *ペンキが壁を塗られた

(25)が示すように対象は受身化され、道具が受身化されないことから、やはり対象の方が構造上高い位置にあるのではないかと言えるかもしれない。しかし、(25c)は別の理由で非文になっている可能性がある。それは、「ペンキで」の「で」が後置詞であるために、受身化できないということだ。そのため、(25)が②のデータの根拠として機能しているかどうかは怪しい。

③道具項を省略できる動詞とそうでない動詞の差は何か

これについては以下に記事を書いたのでそちらを参照していただきたい。
https://note.com/anaphilo14ki/n/n0f8573f680f5

頂いたコメント

以上の発表を踏まえて以下のコメントを頂いた。今後の研究に活かしたい。

①(22)~(22)の分裂文の構成素テストにおいて、「デ句+動詞」が焦点部に来られないのは、「デ句が動詞の内項にないからである」というよりは「前提部にヲ格を残すこと」(e.g. 「ケンが壁をしたのは」)に起因しているのではないか。構成素テストの方に問題の焦点を当てて、反例を回避したらどうか。

②卒業論文では「塗る」や「山積みにする」などの他動詞の動詞の項構造を扱っているが、(11)「滲む」などの自動詞の項構造はどうなるのか。

③対象句と道具句の構造的位置関係についてDOCの論文を読むと良いとのコメント

④「を使って」は非定形節を作っているため、(14a)は「ペンキで」という道具項が省略されている状態ではないか。

主要参考文献

・Kageyama, Taro. 1980. The role of thematic relations in the spray paint hypallage. Papers in Japanese Linguistics 7: 35-64

・Kishimoto, Hideki. 2001. Locative Alternation in Japanese: A case study in the Interaction Between Syntax and Lexical Semantics. Journal of Japanese Linguistics 17, 59-81

・Kishimoto, Hideki. 2009. “Locative alternation and verb compounding in Japanese”, On-Line Proceedings of Mediterranean Morphology Meeting

・Marantz, Alec. 1993. Implications of asymmetries in double object constructions. In S. Mchombo (ed.), Theoretical aspects of Bantu grammar. Stanford: CSLI Publications, 113-150

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