グレアム・アリソン『米中戦争前夜』
新興国が覇権国に取って代わろうとする時に、新旧両国間で危険な緊張が生じる「トゥキディデスの罠」は、アテネとスパルタのペロポネソス戦争をはじめ、歴史上繰り返されてきた。過去500年の間にも16のケースがあり、そのうち12のケースが戦争になった。日清・日露戦争、第一次世界大戦、第二次世界大戦、日米戦争などもそうだ。
6年前に出版された本だけど、その当時でも、中国はアメリカに対して経済分野ではすでに圧倒していることを書いているが、いまだともっとその力の逆転は進んでいるだろう。
そして台湾問題はいよいよ深刻さを増している。
著者は、アメリカの政策決定に強い影響力を持つ政治学者なのだそうだが、20世紀初頭、新興国であったアメリカの大統領であったセオドア・ルーズベルト大統領が自らの意思を独善的に他国に武力をもって押し付けた様子や、それにくらべていまの中国の動きはより平和的であることを指摘しているところなど、アメリカ中心主義というよりは、中立的で、公平な姿勢を保とうとしている。
学者らしい歴史的事実の丹念な積み重ねと公正な分析の奥から、差し迫る衝突への危機感とアメリカ、中国両国の政策決定者に、戦争を回避するための懸命な努力と冷静な判断を促そうとする平和への想いが伝わってくる。
日本の政策決定者にも読んでもらいたい本だ。
「戦争は、リーダーたちが絶対に回避しようと思っていても起きる。偶然の出来事や相手方の行動が選択肢を狭め、こ んな状況を受け入れるぐらいなら戦争をしたほうがましだ、という思考をもたらす。 アテネの指導者ペリクレスは、スパルタと戦争などしたくなかった。 ヴィルヘルム2世もイギリスと戦争をしたくなかった。毛沢東は朝鮮戦争の前、金日成が韓国を攻撃することに反対した。だが、 さまざまな出来事が重なって、リーダーたちは大きなリスクか、さらに大きなリスクをとるかの選択を強いられる。そしてひとたび軍が介入すると、誤解や誤算、状況のもつれから、紛争は当初の意図を大きく超えてエスカレートする。
その危険を理解するため、米中政府はそれぞれシナリオを作成し、シミュレーションや作戦演習を繰り返してきた。その多くは、まず何らかの事故や事件を設定して、演習参加者に中国側かアメリカ側の対応を演じさせる。参加者はたいてい、いかに小さな火花が、いかに容易に大戦争につながるかを知って驚く。」
「現在の米中関係で最も関連性の高い環境的要因は、覇権国と新興国の力学が生み出すトゥキディデス・シンドロームだ。この環境要因は中国の屈辱の世紀、とりわけ日本の侵略・ 占領時代の残虐行為に対する怒りに照らして考えると、一段と深刻だ。だから東シナ海の島の 領有権問題は、特に大きなリスクをはらんでいる。安倍晋三首相、あるいはその後継者によって日本の平和憲法が改正され、日本が軍事力、なかでも海からの上陸能力を増強すれば、中国は「注視する」以上の行動を起こすだろう」
「中国はなんという怪物に成長したことか。 ロナルド・レーガン大統領が就任した3年前、中国経済の規模はアメリカの10%だったが、2007年には60%に拡大し、2014年には 100%、現在は115%と上回っている。このままいけば、中国経済は2023年までにアメ リカの150%の規模になるだろう。2040年にはアメリカ経済の3倍になる可能性もある。 それは国際関係に影響を与えるうえで、中国にはアメリカの3倍の資源があるということだ。
このような経済、政治、軍事における大きな優位は、現在のアメリカの政策当局の想像を超 えた世界を生み出すだろう。
なぜアメリカは、第二次世界大戦後の国際秩序のルールをつくることができ たのか。それはアメリカの知性や美徳や魅力のおかげだと、多くのアメリカ人は言いたがるが、 巨大な軍事力に基づく圧倒的な影響力があったから、というのが客観的な事実だ。
国家運営で最も難しいのは、「自国の国家安全保障を傷つける可能性が極めて高い、国際環境の変化」に気がつくこと、とされてきた。
中国がアメリカよりも強大になることは、そうした変化なのか。アメリカの重大な国益を守るうえで、「軍事的優位」は不可欠なのか。アメリカは、中国がルールをつくる国際秩序のなかで繁栄できるのか。新しい構造的現実を認識するなかで、私たちはこうした抜本的かつ極めて不快な疑問を投げかけるだけでなく、進んでそれに答える意欲をもつ必要がある」
「習とトランプが、リー・クアンユーの助言に耳を傾けるなら、 まず一番重要なこと、すなわち国内問題に集中するだろう。現在のアメリカの国家安全保障に とって最大の問題は何か。世界におけるアメリカの地位を最も脅かしているものは何か。いず れも答えは「アメリカの政治システムの破綻」だ。同じ質問を中国にしたら、やはり答えは「統治システムの破綻」となるだろう。
私は元来、アメリカについて楽観的な見方をしてきたが、今ではアメリカの民主主義が致命 的な兆候を示していることを懸念している。ワシントンは、機能不全の首都と化した。党派主 義が害となり、ホワイトハウスと議会の関係が悪化したために予算や外国との協定など政府の 基本的機能さえ麻痺させ、国民の政府に対する信頼はゼロに近い。
リー・クアンユーによれば、中国には容易に変えられない一連のハンディキャップがある。法の支配の欠如、中央による過剰管理、想像力と創造性を抑える文化的な習性、「警句と4000 年分の文書によって、重要なことはすべて過去に(しかももっと上手に)述べられていると思わせてしまう」言語、そして「世界から才能のある人材を引き寄せ、同化させる」力がないことだ。 リーの処方箋は、アメリカ型の民主主義(それは中国の崩壊をもたらすとリーは考えた)ではなく、強いリーダーが率いる政府に伝統的な中国の長所を取り戻すことだ。その点では、習の価値観を柱とするナショナリズムは、物質主義がはびこって空洞化した中国のOSに、高潔さを取り戻す助けになるかもしれない。
彼らはこの現実に気づくだろうか。両国またはいずれかの国は、想像力と不屈の精神をもって、国内の問題に対処できるだろうか。もしそれができたら、戦争に陥らずに重大な国益を守ることもできるだろうか。これらを成し遂げたい国家指導者は、トゥキディデスの『ペロポネ ソス戦史』を読むことが、最高の出発点になるだろう。」