バーツラフ・シュミル『世界の本当の仕組み エネルギー、食料、材料、グローバル化、リスク、環境、そして未来』

大量のエネルギーを消費する私たちの社会が、化石燃料全般への依存に加えて、最も柔軟 な形態のエネルギーである電気への依存の度合いも確実に増してきた経緯を示す。この現実をしっかり咀嚼すれば、今やありふれている主張を矯正する、待望の手段が得られる。 複雑な現実に対する乏しい理解に基づくその主張とはすなわち、私たちは世界のエネルギ ー供給を大急ぎで脱炭素化でき、わずか20~30年のうちに再生可能エネルギーだけに頼るようになる、というものだ。私たちは、発電のうち、しだいに大きな割合を、旧来の水力 によるものではなく太陽光や風力による新しい再生可能なものに切り替え、前より多くの 電気自動車を走らせているものの、それに比べると、トラックや飛行機や船による輸送の脱炭素化ははるかに難しい課題となるだろう。化石燃料に頼らずに主要な素材を生産することも同様だ。

生存のための最も基本的な必需品である食料の生産を取り上げる。そこで は、小麦からトマトやエビに至るまで、私たちが生き延びるために頼る食品のじつに多くが、ある共通点を持っていることの説明に重点を置く。その共通点とは、かなりの量の化石燃料を、直接あるいは間接的に投入する必要があることだ。化石燃料に対するこの根本的な依存に気づけば、化石炭素を今後も必要とし続けることを、現実に即して理解できるようになる。石炭や天然ガスを燃やす代わりに、風力タービンや太陽電池を使って発電するのは比較的簡単だが、あらゆる農業機械を液体化石燃料なしで動かし、天然ガスと石油なしですべての肥料とその他の農業用化学物質を生産するのは、格段に難しいだろう。要 するに、化石燃料をエネルギーの源泉や原材料として使わずに、地球上の人々を適切に養うことは、今後何十年にもわたって不可能なのだ。

私が現代文明の四本柱と呼ぶもの、すなわちセメント、鋼鉄、プラスティック、アンモニアに的を絞り、人間の創意工夫によって生み出された素材で私たちの社会が維持されている理由や実態を説明する。この現実を理解すればわかるのだが、現代経済はサービス業と小型化された電子デバイスが主役で、脱物質化が進んでいくという、最近流行の主張は誤解を招きやすい。多くの最終製品で単位当たりの物質的ニーズが相対的に減少していくことが、これまで現代の産業の発達を特徴づける傾向の1つだった。だが、 絶対的な観点に立つと、世界の最も豊かな社会においてさえ、素材の需要は増加している。 そして、低所得国の需要が増えることも確実だ。

このような現実を踏まえれば、私たちの生活の基礎が今後10~30年間に劇的には変わらない理由がわかりやすくなる。太陽電池やリチウムイオン電池、あるいは、微小なパーツ から家全体まであらゆるものの3Dプリンティング、さらにはガソリンの合成ができるバ クテリアにまで及ぶ、優れたイノベーションについての主張がほぼ恒常的にあふれているにもかかわらず、生活の基本は簡単には変わらない。鋼鉄、セメント、アンモニア、プラ スティックは、文明の素材の四本柱として存続するだろう。世界の輸送の大部分は相変わらず、自動車用のガソリンやディーゼル油、航空機用のケロシン、船舶用のディーゼル油や重油といった、精製された液体燃料からエネルギーを得るだろう。穀物畑は、犁、鍬、 種蒔き機、施肥機の役目をそれぞれ果たす農機を牽引するトラクターで耕作し、穀物はコンバインで収穫してトラックの荷台に吐き出す。高層マンションは、巨大な機械によって現場で3Dプリンティングされるようにならない。

この世の終わりと特異点の遠い将来については知りえないという立場を取るのは、誠実なことだ。私たちは、自らの理解には限界があることを認めて、地球にまつわるすべての課題に謙虚に取り組まなければならない。そして、進歩や挫折や失敗はすべて私たちの進化の一部であり続けることや、どう定義したものであれ最終的な成功を収める保証がないこと、どんなシンギュラリ ティにも到達できないことを認識しなければならない。だが、蓄積された知識を決然と忍耐強く利用するかぎり、世界の終わりが早まることもない。未来は、私たちの成果や失敗から現れ出てくる。そして、私たちは未来の形や特徴の一部を予見できるほど賢く、そし て幸運かもしれないが、たった1世代先を見ているときでさえ、依然として全体は捉えようがない。


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