螺旋の時間と直線の時間
39日目(5月12日)
馬橋稲荷神社での時間は美しすぎた。
阿佐ヶ谷に住む友人がSNSで馬橋稲荷神社の写真を投稿していて、一目で惹かれたので、行きたい、とコメントしたところ、じゃぁ散歩しようか、ということになった。
神社までの距離を調べたら、3kmぐらい。外出自粛生活になって、毎日5km以上歩いている私にとっては、余裕の範囲。歩いて行くことにした。
歩けるくらいの距離にあっても、その存在は知らなかった。
近くの駅までは行ったことのある道だった。そこから先は、なんだか迷路のよう。
鳥居は住宅街の中に突如あらわれた。
鳥居の前までくると、ウグイスの鳴き声が聞こえた。
また、ウグイスだ。ここのところよくウグイスに出会う。
透明で透き通るような鳴き声。
なんとなく嬉しさを感じながら、鳥居の足元をみると友人がいた。
あなたが来る直前にウグイスが鳴き始めたよ、という。
友人の住む隣街に歩いて会いに行くなんて。
なんだかありそうでない、このシチュエーションも嬉しかった。
お参りをして、木陰のベンチに座り、なんとはなしにお互いの近況を語りはじめた。
ウグイスの声や、風の音を聴きながら、次第に話が深まって行く。
気がつけば、お互いに人生でずっと持ってきた親とのテーマについて話していた。
そして、この一年での変化を語り合い、お互いを祝福した。
相手の話す言葉に触発されて、自分の内側からの言葉が紡ぎ出される。
相手とつながり、自分ともつながり、螺旋を下るようにゆっくりと深くなっていく。
こういう対話の時間はかけがえがない。
神社の境内で何時間すごしただろうか。
気がつけばウグイスも鳴き止み、少し暑くなってきた。
帰りは、近隣にある友人の自宅から車で送ってもらうことになった。
なんとなく歩きたい気分もあったので、一駅前のあたりで降ろしてもらうことにした。
外出自粛にあわせて「歩く」生活になって、久しぶりに車に乗った。
歩く以外の手段で移動するのは、39日ぶりだ。
助手席に乗った感覚に驚いた。
とにかく、車窓から見える景色の流れが早い。
ゆっくりゆっくりと歩いてきたその風景は、一瞬にして過ぎ去る。
途中で降ろしてもらおうと思ったが、あっというまに家の近所に着いてしまった。
同じ空間を移動したとは思えない、時間の流れ方。
神社の中での時間が螺旋なら、こちらは直線の時間だ。
直線の誘惑はすごい。
あっという間に目的地にたどりつく。
ナビも使えば最短距離で無駄がない。
同時にこぼれ落ちるものもある。
過ぎ去る風景の中にあるもの。感じるもの。
直線と螺旋、行ったり来たりしながらでいい。
螺旋の時間からの声が聞こえたら、それに従ってみよう。