【小説】アライグマくんのため息 第3話 「めんたいこの夜」②
「早かったねー、二人とも。」
と言って、ママりんのあとにきらりと左前の金歯を光らせながらゴルフのアイアンを手にして、今度はパパりんがやってきた。
ー「ママりん」と「パパりん」ー
オレの額を、なぜか一筋の汗が流れた。
福岡の家は、とにかく広かった。部屋がいくつもあり、その上、ひと部屋がリカの部屋の1.5倍以上あるので、ちょっとかけっこするのも一苦労するくらいだった。ちょっとした、「トライアスロン」状態である。
ところでオレは、この家で1つの楽しみを見つけた。それは、『こけし・いじり』であった。「こけし」は手足が自由にきかない。どんなに憎たらしいと思っても、抵抗することがないからだ。オレは、毎日「こけし」たちの頭の上をぴょんぴょんと跳ねて、ドミノ倒しのように倒れるのを眺めては、へらへらと笑った。
「こけし・いじり」を始めてから丸二日立ったある日、オレは、1本の「こけし」と出会った。こいつは仲間のこけし達から「スーちゃん」と呼ばれていた。この「スーちゃん」の名前の由来は、笑うとスース―という音を立てるからだった。
実は、ママりんが掃除をしていた時、誤ってハタキでこいつの頭を殴ってしまい、それがきっかけで、こいつの頭にひびが入ってしまったのだ。その時のひびが原因で、「スーちゃん」は、話すと「スースー」という不気味な音を立てるようになったそうである。その音から、仲間のこけしたちは、こいつを「スーちゃん」と呼ぶようになったそうだ。それにしても、ママりんの怪力は恐ろしいほどだ。
「スーちゃん」は、オレが何度頭を叩いても、頭の上で踊っても、何も言わなかった。毎日毎日真剣な目つきで何かをしようとしていた。最初は気にもとめていなかったが、ヤツがあまりにも真剣にやっているので、気になってしかたがなくなってきた。
福岡の家に来て4日目、オレはついに「スーちゃん」に話しかけた。
「よう、お前。『スーちゃん』とかいう、お前よぅ。何を真剣にやってんだ?」
「動く練習をしているんだよ。スースー。」
「お前な、『こけし』が何で動けるんだよ。動けるわけないだろ。全く、バカな野郎だな。『こけし』は、『こけし』らしく、おとなしくしてろよ。」
すると、突然、それまで黙って二人の会話を聞いていた、他のこけしたちが、一斉に声を上げ始めた。
「もう我慢できない!行くぞ、みんな!」
ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン・・・・。
ものすごい音を立てて、こけしたちがこっちに近づいてきた。
(やばい!こいつら動けるのか???)
逃げようと思ったが、気が付いたら、こけし達に取り囲まれていた。
「おい、お前~。覚悟はできてんのかぁ~!!!」
こけし達の顔が、ヒョロヒョロと上に伸び、まるでろくろ首のようになって、一斉にオレの顔を覗き込んだ。
(こ、こえぇー!!!)
「す、す、すみまてん!」
思わず、噛んでしまった…。
「よう、ブタたぬき。お前オレたちが動けないとでも思っているのか?俺たちはなぁ、動けんだよ。でも、音が出るから、こうして静かにしてるだけなんだよ!『こけし条例』で、人間に悟られる恐れがあるから禁止されているから動かないんだよ。」
『こけし条例』
そう、オレたちぬいぐるみの世界では、ぬいぐるみの種類ごとに「条例」というやつがあって、「ぬいぐるみ憲法」とは別に、定められた規則がある。こけしの世界ではそんな条例があったとは知らなかった。この条例、どうやら昔、勝手に動き回ったこけしがいて、それに気づいた主人(人間)が、気味悪がって、お祓いと言って、神社に連れていかれ、焼かれてしまったことがきっかけでできたらしい。
こけしはさらに続けた。
「あとなぁ、オレたちの仲間、スーちゃんを馬鹿にするな!あいつはケガして動けなくなったけど、今一生懸命、リハビリしているんだ!」
「リハビリ?」
「そうだ、リハビリだ。お前がやっているのはな、弱い者いじめと一緒だ。いじめるなんて、人間みたいじゃないか。お前、ぬいぐるみとして恥ずかしくないのか?」
確かにそうだ、と思った。オレはほんの軽い気持ちで、こけしの頭をジャンピングして、スーパーマリオ気取りだった。でも、こいつらの気持ちを考えたら、なんだか自分が恥ずかしくなってきた。
「ぬいぐるみ憲法」でも、「我々ぬいぐるみは、ぬいぐるみとして恥じぬよう生きるべきである。誰が偉いでも、劣っているでもない。我々は皆、ぬいぐるみの世界を生きる、仲間なのだ。我々の使命は、主人である人間の心を癒すことである。我々自身がお互いを尊重し、助け合い、満たされてこそ、主人である人間の心を癒すことができる。」とある。オレはいったい何をやっていたんだろう…。
「ご、ごめん。悪かった。」
このことがきっかけで、オレは、こけし達と仲良しになった。
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