【小説】アライグマくんのため息 第1話 でかい手②
「消費税込みで3,700円です。」
と、バイトの「あほの酒井」が言った瞬間、オレは奴に向かって、すかさず唾を吐いた。運よくそれは、奴の口の中に命中した。「あほの酒井」は、まったく気づかず、「ありがとうございました!」と、にっこり笑ってお辞儀した。
オレは、奴に復讐果たせた喜びで、思わず包装紙の中で、ガッツポーズをとってしまった。「あほの酒井」は、自分の身に起きたことなどつゆとも知らず、ニコニコしながら、オレ様と「でかい手」を持つオンナを見送っていた。
ぬいぐるみのつばは、強力なダニの宝庫だ。オレ様をこの数週間、長く売れ残ったぬいぐるみと一緒に埋もれさせて放置した「あほの酒井」。うっしっし。今夜は、ダニちゃんの攻撃で、眠れないに違いない♪
こうしてオレは、晴れて心置きなく、「でかい手」をもつオンナと共に、住み慣れた新橋駅の「ファンシーショップ・たなか」を後にし、オンナの住むマンションへと向かった。
ぬいぐるみのオレ様の飼い主となった、「でかい手」を持つオンナの名前は、「リカ」と言った。漢字では、「利華」と書くようだ。利華は日本人にしては、かなりでかい(背の高い)女性だった。どうりで手が出かかったのか…。
日本人が使う言葉、「日本語」というやつには、漢字という文字があるそうだ。オレが生まれた(というか製造された)国でも漢字を使っていたが、どうやらそれとはちょっと違うようだ。漢字はいろいろ意味があるそうで、そのため日本人の中には、名付け親が願いを込めて、その願いに応じた名前を子供につけるらしい。
ちなみにオレの飼い主となった、利華の意味は、「利益に恵まれ、人生華々しい生活を送る」という、利華の父親の切なる願いから生まれたそうだ。なんでも利華の父親は、ひどく貧乏な家に生まれたらしく、若いころ、相当お金で苦労したらしい。お金はヤツにとって、とても大切なものだったようだ。名前の由来にその悲哀が感じられる。
話がそれてしまったが、とにかくオレは、この「でかい手」をもつオンナ、もとい、「利華」にぬいぐるみとして、飼われることになった。本当は、利華のことを、「飼い主」とか、「ご主人様」とかいうのがぬいぐるみの世界の習わしなのだが、オレは規則に縛られない、ワイルドな生き方を謳歌する、アライグマなので、ヤツを「リカ」と呼ぶことにした。
リカはとにかく背がでかい。本人もそれをかなり気にしているらしく、よく背中を丸めて歩いていた。ユーミンとかいうミュージシャンが歌う「5㎝の向こう岸(でかいおんなが自分よりも背の低いおとこと付き合う話)」を聞いては、「ふぅー」とため息をついては、遠くをみつめては、う流れる、という行動を繰り返していた。
特に背中を丸める時というのは、決まって何かがあって、身長を気にしている時だ。たいていは、服を買いに出かけて帰ってきたときに、その行動が多かった。だが、リカの家に来て5日経ったある日、いつも以上に、うなだれて、背中を真ん丸にして帰ってきたことがあった。
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