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【小説】アライグマくんのため息 第1話 でかい手①

それは、ある冬の夕方だった。
オレは、他の奴らと一緒に、新橋駅にある「ファンシーショップ・たなか」の店先に山積みにされて、もがき苦しんでいた。

そうだ、それは、あの、「アルバイトの酒井」のせいだ。
あいつは頭が悪い。商品をきちんと並べて飾った方が、物が探しやすく、店の売り上げにつながると言うのに。そんな基本的なことすらわからないのだ。
もし、オレが、ショーウィンドウに飾られていたなら、店が繁盛したに違いないのだ。

言うまでもないが、オレは、この店の中で、一番「プリティ」という言葉が似合う、「ぬいぐるみ」であるからだ。

「プリティ」…。すなわち、「かわいらしい」という言葉は、ぬいぐるみの世界では、最高の誉め言葉である。ぬいぐるみの世界のことわざに、「プリティを制する者は、世界を制す」というのがあるくらいである。そんなオレ様を粗末に扱う酒井を雇うとは、店長も全くバカや奴だ。

とにかくオレは、どうにかこの状況から逃れようと、脱出を試みた。だが、悲しいことに、動けば動くほど、身体の自由が利かなくなり、ついには、さかさまの状態のまま、動けなくなってしまった。

オレは、何度も何度も「酒井のバカヤロー!」と叫び続けた。だが、アホの酒井には、まったく聞こえなかったらしい。いい気なもので、鼻歌を歌いだした。身体が自由だったら、殴っているところだったが、なにしろ思うように動けない。くやしいが、ひとまず静かにして、事態を待つことにした。

すると、1つの手が見えてきた。オレは「これだ!」と思い、必死になって、捕まった。手はするすると上がっていき、オレは地上の世界に抜け出ることができた。

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オレを救った手は、やけにバカでかいてだったので、オレは、あの「あほの酒井」の手だと勘違いしてしまった。オレをこんな苦しい目に合わせた「あほの酒井」に仕返ししてやろうと思い、手を思いっきりつねってやろうとふと顔をあげたら、なんとそれは、オンナの手だった。

「げっ!でかい」

一瞬オレは戸惑って、不覚にも顔を赤らめてしまった。オンナは、そんなオレの様子に気にも留めず、ガキのような笑みを浮かべ、まじまじとオレをみつめた。


オンナは、急に決心したように、オレをレジに連れて行った。レジには、例の「あほの酒井」が、ふんぞり返って座っていた。音痴の癖に鼻歌まで歌っていやがった。オレをこんな目に合わせておきながら、いい気なもんだ、「あほの酒井」め!

オンナを見ると、酒井は慌てて背筋を伸ばし、鼻歌を止め、顔を少し赤らめ、

「いっ、い、い、いらっしゃいまで。」

・・・いらっしゃいまで・・・???

オレは、お腹がよじれるほど笑った。いや、実際少し、よじれていたのかもしれない。ブチッという糸が切れる音がした。

ちょっと気になったが、そんなことはさておき、一方、「でかい手」のオンナは、酒井の様子を気にもせず、

「これください。」と、ぶっきらぼうに言った。

酒井は手際悪く、オレを紙に包み始めた。紙に包まれながら、オレは思った。

『あほの酒井に復讐するのは今しかない』

今やらなければ、いつやるのだ。今でしょ、なのだ。今やらなければ、オレは一生「あほの酒井」にやられっぱなしの思い出を抱えなくてはならなくなる。そう思うと、オレはいてもたってもいられなくなり、この店にいる最後の貴重な時間を、ちょっとエッチな「うさぎのミミちゃん」やセクシー度200%の「ねこのラムちゃん」と、さよならを言うよりも、酒井に復讐を果たすことに全力で挑むことを選択したのだ。

こうしてオレは、ひたすら酒井に復讐する機会を待ち続けた。

#創作大賞2022

#小説 #アライグマくんのため息

【小説「アライグマくんのため息」目次】

【小説】アライグマくんのため息 第1話 でかい手①
【小説】アライグマくんのため息 第1話 でかい手②
【小説】アライグマくんのため息 第1話 でかい手③
【小説】アライグマくんのため息 第1話 でかい手④
【小説】アライグマくんのため息 第2話 「武討姉妹」①
【小説】アライグマくんのため息 第2話 「武討姉妹」②
【小説】アライグマくんのため息 第2話 「武討姉妹」③
【小説】アライグマくんのため息 第3話 「めんたいこの夜」①
【小説】アライグマくんのため息 第3話 「めんたいこの夜」②
【小説】アライグマくんのため息 第3話 「めんたいこの夜」③
【小説】アライグマくんのため息 第3話 「めんたいこの夜」④
【小説】アライグマくんのため息 第3話 「めんたいこの夜」⑤
【小説】アライグマくんのため息 第4話 「バレンタインデー」①
【小説】アライグマくんのため息 第4話 「バレンタインデー」②
【小説】アライグマくんのため息 第4話 「バレンタインデー」③
【小説】アライグマくんのため息 第4話 「バレンタインデー」④
【小説】アライグマくんのため息 第4話 「バレンタインデー」⑤
【小説】アライグマくんのため息 第5話 謎の男「小口君」①
【小説】アライグマくんのため息 第5話 謎の男「小口君」②
【小説】アライグマくんのため息 第5話 謎の男「小口君」③
【小説】アライグマくんのため息 第6話 不気味な「小包み」
【小説】アライグマくんのため息 第7話クリスマスと大晦日
【小説】アライグマくんのため息 第8話嵐の夜①
【小説】アライグマくんのため息 第8話嵐の夜②
【小説】アライグマくんのため息 第8話嵐の夜③
【小説】アライグマくんのため息 第8話嵐の夜④
【小説】アライグマくんのため息 第9話おバカ犬の雄叫び
【小説】アライグマくんのため息 第10話 旅立ち

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