【小説】アライグマくんのため息 第5話 謎の男「小口君」③
「ごめんね~、小口くん♡販売機がすっごい混んでいて、なかなか買えなかったの。ごめんね。」
リカがバタバタと音を立てながら走って戻ってきた。
「ああ、いいよ。そんな気にしなくて。」
と、小口の野郎は、何事もなかったかのように、平然とリカの弁当を食べ始めた。俺は、これがあの伝説の「ぬいぐるにん」だろうかとなんだか信じられず、ぽかんと小口の野郎を眺めていた。すると、小口の野郎が、
「そんなに食いたいのか?」
と、弁当のおかずをオレにあげるふりをした。
「やだぁ、小口くんたらぁ。」
オレの状況などまったく気づく様子もなく、リカははしゃいで言った。まったく、いい気なものである。
それにしても、伝説の人物なんて言うから、よっぽどすごい野郎なんだろうと思っていたのだが、こんなに頼りなげな青年で、しかも、まぬけなリカの恋人だなんて、なんだかピンとこない。ピンとこないというより、がっかりした。
さぞかし、こう、威厳のある、怪しげな雰囲気を漂わせる人物だと思っていたからだ。長くはやした髭、ぼさぼさに伸ばした髪(いや、あるいは禿げているのかもしれない)、目の鋭い、おやじみたいなやつだと思っていたのだ。
それからどのくらい時間がたったのだろうか。オレの頭は、伝説の「ぬいぐるにん」と会った、ということでいっぱいで、ずっともんもんと考えていたのだ。ふと気が付くと、リカの家の前に車が着いていた。
時計に目をやると、もう夜の9時半を過ぎていた。帰るのかなと思っていたら、小口の野郎とリカは、なにやら楽しそうに話をしている。リカはいつもと違って妙に愛想よく、にこにこと笑って、声のトーンも1オクターブ高くなって、なんだかうれしそうに話している。妙にはしゃいで、身振り手振りも大げさだ。なんだかそれが、一生懸命に見えて、ちょっと気の毒なくらいだ。小口の野郎は、うれしそうに、じっとリカを見つめて、時折頭を上下にうなずいては、話を聞いていた。
なんだかいい感じである。そう、なんだかいい感じなのだ・・・。
オレは、オレはなんだか無償に腹が立ってきた。なんだかわかんないけど。妙に腹が立ったのだ。そして、なんだか妙にこの二人の会話を邪魔したくなってしまったのだ。そこで俺は、リカにオレの言葉がわからないことをいいことに、小口の野郎を罵倒し始めた。
「やい、小口。お前、もうちょっとなんとかなんねえのかよ、その恰好。超だっせぇー。」
「あらま、足みじけーな。よくそんなんで、車の運転ができたよなー。うふぉっふぉ!」
「小口のばーか、ばかばかばーか。おい、小口!なんか言ってみろ。バカ小口!」
「お前、うなずきマンかよ。うなずいてばっかだなぁー。なんか言えよ、小口!お・ぐ・ち、ちゃーん!!!」
オレは、こうして、ずーっと小口の悪口を言いながら、踊ってみたりもした。もちろん、リカに見えないように。が、オレの努力もむなしく、小口の野郎は、オレの声がまるで聞こえないかのように、完全にオレを無視していた。
「おい!小口。お前、若いくせに、何、髪の毛薄くしてんだよー。へ?薄くしてんじゃなくって、自然に薄くなっちゃったの?もしかして、ハゲ?お・は・げ?おはげさん?あらまー、まぁ。かわいそうだこと。おほほほほ。オレ様なんか、嫌というほど毛がふさふさしてるもんね。うらやましい?うらやましいよねー。悔しかったら何とか言ってみろ、このハゲ野郎!」
というや否や、効果てきめん、小口はオレをじろりとにらみ、
「これってさぁ、本当にかわいいよね。」
と言って、リカの前ではかわいがるふりをして、ひそかにオレのチャームポイントであるしっぽをねじったり、つねったりした。
「やめろー。やめてくれー!!!」
オレは必死に叫んだ。だが、当然あほのリカにはわかるはずもなく、リカはただニコニコして、
「やだ、小口くん♡ぬいぐるみ、好きだったのね。よかった、今日持ってきて。」
と、声を弾ませ、嬉しそうに言うのであった。
「うん。俺、結構、恥ずかしいんだけど、ぬいぐるみって好きなんだよね。」
とかなんとか言いながら、小口の野郎はギュウギュウとオレのしっぽを密かにひねるのだった。
(痛い、痛すぎるー!!!)
あほなリカは、小口の野郎が本当にオレを気に入ったと勘違いしたらしく、ことあるごとに小口とのデートにオレを連れていくことになった。オレはその度に、小口の野郎にいじめられる羽目になった。
「口は災いの元」という言葉が、人間の世界にはあるらしいが、小口の野郎との出会いほど、それを痛感させるものはないのだった。
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