【小説】アライグマくんのため息 第2話 「武討姉妹」①
オレの飼い主である「リカ」には一人姉がおり、狭いアパートに二人一緒に暮らしていた。姉の名前は、「真優美」といい、リカと同様、去年から会社勤めをしている。リカもそうだが、この姉もまたかなりの仕事好きな、「シングル・ワーキングガール」である。
マユミは、リカよりも一歳年上だったが、身長はリカよりも10㎝以上低い。だから俺は、マユミのことを「ちび」と呼ぶことにした。だが、日本女性としたら、決して本当のチビではない。かなり背が高いのだ。
ちびは、リカと違い、とにかく愛想がいい。リカは、電話に出る時、「はい、もしもし。」っと、ぶっきらぶうに低い声で応対する。が、「ちび」は同じしまいかと思うほどに、これまた愛想がよい。
「はい(既にこの時点で普段の声と1オクターブは違うのだ)タケウチでございまぁす。あ、妹でございますか?まぁ、いつも大変おせわになっておりますぅ。あいにく、妹は、ただいま外出しておりまして…。ええ、九時くらいには帰ると思いますが、はい、お電話差し上げるようにいたしましょうか…?(しばらく会話が続く)それでは、失礼いたします。ごめん下さいませ」っといった具合である。完璧だ。
この愛想のよい応対に、一体騙された男が何人いたことだろうか…?
「ちび」に初めて会った日のことは、よく覚えていない。ただ、やけに愛想よく、オレを出迎えてくれ、オレは「ちび」に好感を持ったことだけは覚えている。
「真優美」~「真にやさしく、美しい人」~とでも解釈したらいいだろうか?
オレは、「ちび」の、あまりの愛想のよさに、「真優美」とは、「真にやさしく、美しい心を持った人」という意味なのだと思ったくらいだった。だが、そんな思いを吹き飛ばすような、恐ろしい出来事が起こった。
そう、忘れもしない。あれは、ある日曜日の午後であった。
リカはいつもの通り、バンドの練習に出かけていった。
昨日の「ある事件」があったにも関わらず、「ちび」は、
「いってらっしゃい。」
と、愛想よくリカを見送った。
「ある事件」とは、リカと「ちび」の大げんかのことである。これは、今では決して珍しいことではなく、オレもすっかり慣れてしまったが、当時家に住み始めのころは、大変驚いたものである。二人の喧嘩は、それはそれは、この世のものとは思えないほどの、すさまじいものである。
「サルのボス決め」が、比較的、この喧嘩の様子を表現するのに近いのかもしれない。「喧嘩」というより、もはや「戦争」である。二人とも、互いに目から火花を散らし、にらみ合い、腕はつかむわ、足でけりあうわ、とにかくすごい。
「武討(タケウチ)」という姓は、昔、ご先祖さんが武士だった時代、なんでも教科書に出てくるほどの有名なお殿様から授かった名前らしい。
『武士たる者、猛々しくなければならぬ。『武討』といふ名前、この猛々しい武士の心をもってして、敵を討伐せしめたること、必ずや果たしたもうこと願い、授けたる名。末代に渡り、この名に恥じることなきよう、精進すべき。』
といった内容が、リカと「ちび」の武討家の「武討家訓」に記されているくらいだから、かなり気合の入った苗字である。それにしても、これほど忠実に名を体で表現する人間も珍しい。
初めてこの喧嘩を見たのが、まさにこの日曜日の前日、土曜日の夜だった。オレは、この喧嘩の最中、生きた心地がしなかった。さすがに俺もおびえてしまい、押し入れに隠れてしまった。
さてさて、この「血を血で洗う」ようなすさまじい喧嘩の発端は、極めて単純なものであった。その夜は、「ちび」は残業で買えりが22時を過ぎていた。一方リカは、残業もなく、その日はまっすぐ家に帰って来た。
夕飯をそそくさと済ませ、リカは「ふわぁ~食べた~」と、両手を上げ、大きく伸びをした。すると、冷蔵庫に目が留まると、そこには「なげわ」という輪っかの形をした、ポテトチップが置いてあった。
「あ、ちょっと足りないって思ってたんだよね。これたーべよっと♪」
と言って、ぺろりと平らげた。が、オレは思った。
(待てよ、この「なげわ」、確か、先日「ちび」が買ってきたものではないか…?)
「おい、リカ。これ、まずいんじゃねぇか?マユミが買ったもんだろう?勝手に食べたらまずいんじゃないか?」
と言ってみたのだが、おいしいものをたらふく食って超満足げなリカには、そんなオレの声は全く届いていないのだった。
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