【小説】アライグマくんのため息 第1話 でかい手③
リカがいつも以上に背中を丸め、うなだれて帰ってきたその日、その日はなんでも1週間後に会社でパーティーがあるとかで、そのための服を買いに、リカは朝から張りきって、街へと出かけた。
オレは久々に一人(もとい、一匹)に慣れて、上機嫌だった。別に、リカに不満があるわけではなかった。なにしろリカは、毎晩オレを温かい布団に入れて、オレの頭をなでてくれたからだ。まるで、楊貴妃並みの待遇だ。
ぬいぐるみの世界では、飼い主=主人に寵愛を受けることは、至上の喜びであり、名誉なこととされている。だが、愛情もほどほどにしないと、辛いものである。リカは、帰ってくるや否やオレ様を見つけたいという一心なのか、出かける時は決まって、オレ様を狭い玄関先の靴棚の上に置き去りにし、リカの帰りを待たせるのだった。
狭い靴の棚の上。そうなのだ。これでは、リカがいない貴重な一人の時間を、自由勝手気ままに動き回ることができないのだ。モテるぬいぐるみの辛いところである。
その日は、オレが、このアパートに来て、初めて一人になった日であった。やはり、久々に味わう、一人の時間は最高だった。狭い六畳の部屋も、でかいリカがいなければ、まるで東京ドームのようだった。カーテンから差し込む、陽の光が暖かい。なんて気持ちいいんだろう、幸せだ。
さて、何をしようかと考えたが、浮かばない。うーん、いざ何かをしようと思うと、なかなか思い浮かばないものである。あれやこれやともんもんと考えていたら、急に眠くなってきた。知らぬうちに、オレはうとうとと、眠りに落ちていた。
バタン!
突然、玄関のドアが閉まる音がした。
おっ!
(ん?まさかリカか?まだヤツが出かけてから二時間も経ってないはずだ。まさか、泥棒か??!)
いや、違う。リカが帰ってきたのだ。
ルンルン気分で買物から帰ってきたはずのリカ。でも顔つきが悪いと言うか、背中がひどく曲がっている。
…嫌な予感がする…(*.*) どうやら楽しみにしていた、例のパーティーに来ていく服が、思うように見つからなかったらしい。たぶん、でかいから、サイズがなかったんだろう。
背中の曲がり具合、うつむいて暗い表情から、いじけているに違いないと悟った。
こういう状況は、ぬいぐるみにとっては最悪である。なぜならば、ぬいぐるみの掟である、「ぬいぐるみ憲法」第三条で、
『もし、汝の飼い主が、困難や苦しみのふちに立たされたならば、汝はすぐに、その状況を打開できるよう、全力を尽くさなくてはならない。もし、これを破ったならば、汝は永久にぬいぐるみとして生きることを許されない。』
と、決められているからだ。
そう、飼い主=主人が、元気になるまで、励まし続けなければならないのである。例えどんなに主人がわめこうが騒ごうが、八つ当たりして、耳を引きちぎろうが、号泣して、鼻水びちょびちょに全身が汚れようが、そこら中に投げ飛ばされようが、とにかく言うことを聞かなければならないのである。
主人に恵まれず、身体がボロボロになった奴を、オレは今までに何人も知っている。
「ぬいぐるみとして生きる人生が素晴らしいか」はさておき、とにかくオレは、リカの機嫌を直さなければならなかった。
オレはいつも通りの声で、
「お帰り。外は寒かった?」
と、オレにしては珍しく気の利いた言葉をかけてみた。もちろん、声をかけたと言っても、リカに言葉が通じるわけではない。
ぬいぐるみの言葉がわかるのは、「ぬいぐるん」と呼ばれる人間だけである。ぬいぐるみ界の神話「古物記」によれば、初めてぬいぐるみの言葉が分かったとされる人間は、特定の人種や国籍に寄らず、世界各国に点在するそうだ。
親が「ぬいぐるん」であったとしても、子供がその素質を受け継ぐわけでもないらしく、突発的に誕生する、いわば、突然変異のような存在らしい。「ぬいぐるん」は、人間なので、覚える言語は限られているが、ぬいぐるみは、生まれた瞬間から、全世界の言語が頭にインストールされている。だから、血なまぐさい戦争の歴史が色濃く残る時代においては、「ぬいぐるん」は、この「ぬいぐるみと会話」できる能力をフルに活用し、陥れたい相手や、敵国にぬいぐるみをプレゼントしたり、配置したりして、いわば、今でいう盗聴・盗撮のような形で、ぬいぐるみを利用し、高い地位を気づいたらしい。
お、話が脱線してしまった。さてさて話を戻そう。
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