【小説】アライグマくんのため息 第5話 謎の男「小口君」②
目的地に着くまで、オレは、リカのお手製のお弁当とともにリュックサックの中で、ゴロゴロと転げまわる羽目になった。一体奴らはどこを走っているのだろう?車がやけに揺れるのだ。そのたびに、リカのリュックサックが上下左右に揺れるもんだから、たまったもんじゃない。くそぅ。こんなことなら、家でのんびりくつろいでいればよかった。
そんなことを思いながらも、退屈しのぎに俺は、「小口くん」とリカの会話を盗み聞きしようと試みた。が、聞こえてくるのはリカの、いつもより少し高いトーンで話す声ばかり。
(リカ、あいつ、ブリブリぶりっ子しやがったな。へん!)
例の恋人「小口くん」は、「うん」とか「そう」しか言わない。リカとちびの会話から、「小口くん」があまり話さないやつだとは聞いていたものの、想像以上に無口のようだ。
目的地に着き、お弁当を食べると同時にオレはようやくせせこましいリュックサックから解放されることになった。
「あれぇ?あたし、こんなもの入れきたんだっけ?あはははは…」
バツの悪そうな笑い方をするリカ。そりゃそうだ。いい年して、ぬいぐるみを持ち歩く奴なんていないもんな。飼い主ながら、ちょっと恥ずかしいのだ。
俺を見た瞬間、「小口くん」は、細い眼を丸くして、ぎょっとしたような表情を浮かべ、どう反応したらいいのか戸惑っている様子だった。だが、そんな「小口くん」の様子など、まったく気づいていないようで、リカはオレ様を持ち上げ、
「これ、かわいいでしょう?」
とうれしそうに笑って、「小口くん」に手渡したのだった。
こうしてオレは、リカの恋人「小口くん」とご対面することができた。
「小口くん」は、リカの話で聞いていたよりもずっと痩せてて、なんだかちょっと風が吹いただけでも、「あれー」とかなんとか言って、吹き飛ばされちまいそうな、か弱そうな青年だった。
「小口くん」の名前は、「強(つよし)」と言うそうだが、およそ似つかわしくない風貌だ。
『ほほう、これがリカの例の「野郎」だな。へへん。まあ、オレはあんまり軟弱な野郎は好かないけどよ。一応、リカは飼い主だからよ、あんまり関係ねぇけど、ま、1つ、挨拶してやっか。)』
と、ぶつくさと独り言をつぶやいた。その時、「小口くん」の顔が、心無しか、一瞬、ひきつったように見えた。
「小口くん」は、にこにこと笑いながらオレを見つめて、
「か、かわいいね。」
と言って、リカに手渡した。リカははにかんでこう言った。
「そうでしょ。ちょっと恥ずかしいけど、あたし、こういう『ぬいぐるみ』って、結構好きなのよね。よかったぁー。『変わっているね』なんて、言われたらどうしようかと思った…。あっ、なんか飲み物買ってくるね。お茶でいいかな?」
とかなんとか言って、どこかへ消えて行ってしまった。
「小口くん」は、リカの姿が消えるまで、じっと見送っていた。
『たかだか飲み物を買いに行くのに、そんなに今生の別れみたいに、いつまでも眺めてるなんて、まったく、湿っぽい野郎だな。おい、やせっぽち!』
オレが言い終わらないうちに、「小口くん」は、急に俺のほうを振り向き、
「軟弱な野郎で悪かったな、おい!」
と、どすのきいた低い声で言った。
(えっ???)
まさか、オレ様の言葉が、人間にわかるはずがないのだ。そんなことは、『ぬいぐるみバイブル』で記されている「ぬいぐるにん」でしかありえないからだ。もし、「小口くん」オレのさっき言った言葉を理解したというなら、それは、「小口くん」が「ぬいぐるにん」である、ということになる。
「ぬいぐるにん」、それは、ぬいぐるみの言葉がわかる、世界にごくわずかしかいない、スーパーエリートなのだ。それが、この貧相な野郎だと‼?あり得るはずないのだ。「ぬいぐるにんにあったよ」なんて話は、これまで聞いたことがないし、「ツチノコを見つけました」ぐらいの、とんでも話なのだ。
「ぬいぐるみバイブル」には、一応「ぬいぐるにん」の存在が描かれてはいるが、最近、新しい説として議論が巻き起こっている「ぬいぐるみ進化論」では、「ぬいぐるにん」は、伝説上の生き物であり、実際にはそんざいしないという学説すら出てきているのである。
オレの頭は、「?」マークでいっぱいになった。呆然と「小口くん」を見つめてしまった。すると、「小口くん」は、、
「つまりだ。俺は、さっきお前が言っていたことを、全部聞いたってことさ!」
と言って、オレの頭をごつん、と一発殴ったのだ。
痛い、痛かった。もう、君づけでなんて、絶対に読んでやらないのである。
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