【小説】アライグマくんのため息 第8話嵐の夜①
その日の朝は、大雨と雷に起こされるという、変な1日の始まりであった。稲妻は、これでもかというほど、ぴかぴかと景気よく光り、雷の音はものすごく大きく、マンションが揺れるほどであった。
「デリケート」なオレ様は、この雷の音ですっかり眠れなくなってしまい、朝の4時から目がすっかり覚めてしまった。
断っておくが、オレは、雷を怖がるほど、臆病ではない。オレは強いのだ。ただちょっと、あのぴかっと光っておいて、終わったかと思いきや、ちょっと遅れて、まるで脅かすようにゴロゴロとなる音が、ほんのちょっと、ほんのちょっとだけ、苦手なのだ。
耳をふさいで布団にくるまりじっとしていると、どこからともなく変な声が聞こえる。オレはぎょっとした。それは、低く、ズシンと腹に響くような声だった。そして、その声と同時に、パサパサとカーペットを擦るような、不気味な音がした。
オレはビビった。もしかしたら、「あなたの知らない人間の世界」に出てくる、いわゆる「人間のお化け」かもしれないと思ったからだ。そういえば、考えてみると、この家に来てから妙に腰が痛くなったり、知らないうちに足を怪我していたりと奇妙なことが多かったのだ。今までは、リカが寝相が悪いから、きっと夜中のうちに、リカがオレを無意識に蹴ったり踏んだりしたからだと思っていた。でもこれはひょっとして、ひょっとして、「人間のお化け」の祟りなのかもしれない。そんなことを考えていたら、ますますビビッて、ちびりそうになった。
だが、よく耳を澄ませてみると、オレはなんだかその奇妙な声をどこかで聞いたような気がしてきた。怖かったが、オレは勇気を奮って、その声のするほうへ近づいてよく目を凝らしてみた。すると、例のぬいぐるみの「おバカなハスキー野郎」ではないか。雷が珍しのか、奴は雷がピカッと光るたびに、
「ワォン、ワォン!うれしいな♪うれしいな♪本当に楽しいな~♪」
と、ぶつぶつ言いながら、しっぽをブルンブルンと振るのであった。つまり、あの不気味な低い声は、奴の、この「おバカなハスキー野郎」の騒ぎ声で、パサパサ擦るような音は、奴のしっぽがカーペットに擦れて出た音だったのだ。
オレは、こんなバカな野郎にビビっていたのかと思うと、悔しくて悔しくて、奴を何度も殴ってしまった。だが、悲しいことに、図体のでかい奴には、オレのプリティな小さなボディでは、あまり効き目がないらしい。奴は、
「ううん、こそばゆいよう、こそばゆいよう。」
と言って、ぶるぶると身体を揺らすのだった。図体のでかい奴に小柄なプリティなオレ様がかなうはずもなく、オレはむなしく床の上に落されてしまった。すると奴は、
「あれー?アライグマくん、どうしたの?こんなところで。」
と、しゃあしゃあと言うのだ。結局オレは、こんなおバカ野郎を相手にしても仕方がないと思い、布団に戻ることにした。
嵐は朝7時過ぎになっても一向にやまず、それどころか、ますますひどくなっていった。こんな嵐は、東京では異例のことらしく、テレビでは異例の大雨に朝から大騒ぎであった。リカと「ちび」は、この嵐のせいで、会社に行かなくていいことになり、家でこの1日を過ごすことになった。
ちゃっかりものの「ちび」は、
「やったあ!ゆっくり、寝よおっと♪リカちゃん、朝ごはんのお片付け、よろしく♪」
と言って、さっそく朝寝を始めた。げんきんな奴だ。
リカは、「ちび」が言ったことなど、まったく耳に入っていない様子で、テーブルにあるお皿もそのままに、何やら真剣な面持ちで腕を組んで座っていた。どうやら考え事をしているようだ。眉間に皺がくっきり刻まれている。様子が変だ。そういえば、ここ数か月の間、リカはずっと様子が変であった。何かいつも考え事をしているようで、時々空を見つめたかと思うと、「はぁ~」っと長~いため息をつくのであった。
(これは何かあるに違いない)
オレは、直感的にそう悟った。そして、その「何か」は、きっと予測もつかない大きなことに違いないと。
テーブルの前で、30分ほどじっとしていたかと思うと、リカはいきなり席を立ち、朝食の後片付けもせず、黙って自分の部屋に入っていった。部屋へこもること訳3時間。部屋から何の音もない。オレは、リカの様子をちょっくら拝見しようと、ドアの隙間から、そっと中の様子をのぞいてみた。
リカは、足を組んで、目をつむり、じーっとしていた。ぴくりともせず、ただじっとしていた。時折「ずずっ」と、鼻水をすする音が、その静寂を打ち破っていた。例の、「おバカハスキー野郎」は、久しぶりに飼い主と一緒にいられることがよほどうれしいらしく、しっぽをフリフリどころか、ブンブン振って、
「うれしいな、うれしいな♡ねぇ、リカちゃん、遊ぼうよぅ。あそぼうよー。」
と言い続けていた。奴は、「ぬいぐるみは動いている様子を人間に見せてはいけない」という掟をすっかり忘れているようで、かなり激しく動いていた。オレは、リカに悟られてはまずいと思い、慌てて部屋に入り、必死になって、奴のしっぽを抑えた。それなのに奴は、
「どうしたの、アライグマくん。僕と遊びたいの?」
と聞いてきやがった。オレは、
「なんでもいいから、このしっぽを振るのをやめろ!ぬいぐるみ憲法を忘れたのかよ、バカ野郎!」
と怒鳴った。幸いにもリカは目をつむったままであったので、奴の行動を見ていなかったようだ。すると、
「わかったよ。しっぽ振るの、ぼく、やめるよ。でも、なんでリカちゃんは気づかないのかなぁ~?ぼくがこんなに一生懸命話しかけているのに…。ぐすんっ。」
(ま、まずい、奴が大泣きしたら、それこそ一大事だ!)
「お、おい!おもしれえ話があるから、話してやるよ。その代わり、お前、泣くなよ、なっ!」
オレがそういうと、すぐに元気になった「おバカなハスキー野郎」。また大きなしっぽをブンブン振りそうになった。まったく世話の焼ける野郎だ。しかし、どうやら奴には人間がぬいぐるみの言葉を理解できないということをわかっていないようだ。図体はでかいが、まだ幼いからか。。。オレは奴と一緒に暮らすことに、一抹の不安を感じ始めていた。冷たい汗が、オレの額を流れた。
リカを観察し始めてから約1時間。リカは目をぱちりと開け、
「よっしゃー!決めた!」
と突然叫んだ。リカのその一言が、実はオレのその後の運命を大きく変えることになるとは、その時のオレは、想像もつかなかった。その奇妙な大嵐の日から3日たったある日、今度は武討家に「大嵐」がやってきたのだった。
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