こども のままで いられた なら。
こんばんは。 noteさん。
朝起きたら雨が降っていて、いつも見守ってくれている空から、
みんなでゆっくり休みましょうって、言われてるみたいでした。
こんな日はとても忙しくなりそうな、
あなたへの、はじめての、質問、です。
子どもの頃の、記憶って、いつから覚えていますか。
とはいっても、あなたがこの世にうまれて、まだ 7 年。
新しいことばかりで、なつかしく振り返るにはまだ早いのかも。
ものすごいスピードで大きくなっている、育ち盛りの子どもであって、
何だって受け止めてくれる、懐が広くて深い大人、みたいな感じもして。
どちらにしても、たくさんの人の記憶のなかに、あなたはいます。
記憶のはじまりは、人によって違うと思いますが、
私は、小学校に入学してからの出来事なら、
その時の景色や気持ちを、覚えています。
自分が何かをできるようになったのは どの時期だったとか、
何年生で どんなことを習っていたってことも。
たまに教えたりする場面があると、とても役に立ちます。
それより前の、ちいさい頃の記憶は、数えるくらい。
それも色のない、うっすらとした画でしかないので、
アルバムの写真で何度も見たり、昔のはなしを聞くうちに、
あとから作られてしまっているような、気もします。
その中でも数少ない、はっきりとした記憶の中には、
かならず衝撃的な出来事がありました。
自分自身を大きく揺り動かされた、人生の瞬間。
いちばん古くて、はっきりと残っているのは、
大きなやけどをした、冬の日の場面です。
きょうだいで、思いっきりふざけて、
面白くて楽しい、の、最高潮。
そして、
ストーブにぶつかってから始まった、スローモーション。
やかんが転げて、湯気の立ったお湯がこぼれてきたとき、
子どもながらに、大変なことになるって分かりました。
まだ5歳くらいだったのに、
やけどをしたら、すぐに水道の水で冷やさなくてはいけないって、
なぜだか、大人たちの会話を覚えていて。
泣かずに、そして冷静に、
そのまま洗面台に行って、
どうしようって思いながら、
痛みが消えるのを信じて、冷たく流れる水をあて続けていました。
あの時の記憶はそこで終わっていて。
その後は、どうなったのか。
やけどの治療で有名な、遠くの病院にずいぶん通いました。
もしも本の世界みたいに戻れるとしたら、
あの頃のわたしに言ってあげたいなと思います。
やけどのとき、どうするのかおぼえてて、えらかったね。
おかげで、ぜんぜん あとがのこらなかったんだよ。
ありがとうねって。
気がついたら、
いつのまにか、お姉ちゃんになっていました。
自分より小さい子どもがいるから、
大きいわたし、は しっかりしなくちゃいけないと、
言葉にはできていなくても、わかっていた気がします。
そして、これからずっと、
お姉ちゃんのままだってことも。
たぶん、だから、
おじいちゃんおばあちゃんっ子でした。
いつもすごいねって褒めてもらえて、
我慢しなくても好きなものを与えてくれて、
ときどき、少しひいき目で、わたしに味方してくれました。
小さい頃のわたしを、たくさん知っていて、
かわいかった話を聞くたびに、
見守ってくれている、こころを感じていたのかもしれません。
お姉ちゃんではなく、
孫 という、そのままのわたし で、
あまえてもいいんだって、思わせてくれた、
とてもあたたかい時間でした。
今ではあの頃の、親のことだって、
想像すればわかるのだけれど。
それだけでは 納得してくれない、
置いてきた、あの頃の、
わたしの気持ち があるのだと思います。
今日は子どもの日だから。
大人のわたしが、こどものわたしを、
自由にしてあげようと思います。
今となっては、叶えられないのだけれど。
こどものままで、いられたなら。
思いっきり、大きな声で泣いていたい。
痛いときだって、我慢なんてしないで。
すぐに飛んできて、
大丈夫だよって、優しく抱き上げてほしい。
こどものままで、いられるのなら。
思いっきり、わがまま言って困らせたい。
くだらない言葉のやりとりに、
少しのあいだ付き合って、
涙がキラリと光るわたしに、
今日だけだよって、、言ってほしい。
ほそい目をさらに細くして、
やさしく叱る、ふりをしながら。
そして、
わたしも、笑うんです。
心からの、
うれしさと、ありがとうを、
小さな胸 いっぱいにして。
追伸。
今ある世界の、お兄ちゃんお姉ちゃん達へ、
がんばってるねって、
思いっきりのエールをおくります。